父親とのコラボで「1日限定のコーヒー風呂」
小杉湯の入浴料は460円。この値段でどこまでサービスできるか。銭湯の楽しみ方をあらゆる角度で提案しようと協力を仰いだのは父親の健一郎さんだった。数年前に脱サラし、現在はコーヒー焙煎の専門店を営んでいる。塩谷さんは父の選りすぐりのコーヒー豆を使って「1日限定のコーヒー風呂」を作ってみたいと考えたのだった。
コーヒー風呂当日。父から届いた豆は、カカオが匂い立つブラジルショコラとピーチやベリーを思い出すモカ・イルガチャフィー。いずれも豊かな香りが持ち味だ。開店早々やってくる常連に加え、噂を聞きつけたファンで浴室はたちまち一杯になる。
【客】「うわ! すっげぇ」
【客】「めちゃくちゃいい匂いがする」
【客】「コーヒー好きなのでずっと入っていられる」
さらに、風呂上がりに淹れたての一杯を楽しんでもらうため、母親の美苗さんも駆けつけて母娘でコーヒーのおもてなし。
「世間体を気にしていたんだと思います」
最後の客が帰った後は、父が焙煎したとびきりのコーヒー風呂を母と2人で満喫した。そんなささやかな幸せで、心と体は十分満たされる。
【塩谷】「早稲田を出て設計事務所に入って、その先に銭湯ってドロップアウトなのかなって……。でも、そう思いながらも銭湯の仕事は魅力的だと思っていました。自分で世間体を気にしていたんだと思いますね」
過去の自分を振り返りながら、風呂場を入念に磨く塩谷さん。自信を取り戻すことができた場所だからこそ、いつもピカピカにしておかなければ……。
塩谷歩波28歳。銭湯で働きながらイラストレーターとして再出発したばかり。この先どんな仕事が舞い込もうとも、心のよりどころはずっと銭湯にある。
銭湯イラストレーター
1990年東京生まれ。2015年に早稲田大学大学院(建築学専攻)修了後、都内の設計事務所に勤める。16年末より銭湯の建物内部を俯瞰図で描く「銭湯図解」シリーズをSNS上で発表。現在は高円寺の銭湯・小杉湯で番頭として働きながら、イラストレーターとして活動中。全国で訪れた銭湯の数は200軒以上。真面目で几帳面な人柄で今回の取材にも全面的に協力してくれたが「すっぴんは絶対に見せない!」という28歳。