先般、CIA(中央情報局)はサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の殺害がサウジのムハンマド皇太子の命令によるものと結論づけた。ムハンマド皇太子の行状が明らかになれば、ムハンマド皇太子とトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問の蜜月関係に調査が及ぶことも考えられる。そもそもトランプファミリーとサウジ王室は長らくビジネス関係にあって、不動産ビジネスでトラブったときにはトランプ大統領が保有していたホテルやクルーザーを買い取るなどしてサウジ王室が相当な援助をしてきた。カショギ氏殺害事件についてトランプ大統領は依然としてサウジ政府やムハンマド皇太子を擁護しているが、ファミリーとサウジの関係をほじくり返されたら「地雷」がどれだけ出てくるかわからない。
さらに政権の致命傷になりかねないのが16年の大統領選におけるロシアの干渉問題、いわゆるロシア疑惑である。ロシアとトランプ陣営に共謀関係があったのか。疑惑隠しのためにトランプ大統領が司法妨害をしたのかどうかが焦点で、モラー特別検察官による捜査は大詰めを迎えている。前出のトランプ大統領の元個人弁護士で側近中の側近だったコーエン氏は、ロシア疑惑についてもウソの議会証言をしたことを司法取引で認めているのだ。
いずれの疑惑も調査が進展していけばトランプ大統領のimpeachment(弾劾裁判)につながる可能性がある。弾劾裁判といえば日本では裁判官が対象になるが、アメリカでは「反逆罪、汚職その他の重罪および軽罪」の疑いがあれば大統領も弾劾裁判にかけられる。ちなみに弾劾決議は下院の訴追に基づく。つまり民主党が過半数を握った下院に弾劾を発議する権利があるのだ。下院議員の過半数が賛成すれば弾劾裁判が決定し、上院の審理を経て、上院議員の3分の2が賛成し有罪が確定すれば、大統領は罷免となる。
過去に弾劾が成立して罷免されたアメリカ大統領は1人もいない。唯一、下院で弾劾決議が可決され、上院の弾劾裁判で勝てる見込みがなくなった段階で辞任した例がある。第37代リチャード・ニクソン大統領のケースだが、発端となったウォーターゲート事件は要するに盗聴事件であって、トランプ大統領の疑惑のほうがはるかに罪状は重いと思われる。
ニクソン大統領はウォーターゲート事件の司法妨害を指示していた決定的な証拠が明らかになって辞任した。司法妨害は大統領権限の濫用とみなされて、弾劾訴追の対象となる。トランプ大統領はロシア疑惑に絡んでFBI長官や司法長官をバッサバッサと切り捨てて更迭しているが、そうした強権的な手法は大統領権限の濫用との批判が強い。今後、民主党主導の委員会がトランプ大統領の発言や疑惑の調査に乗り出したときに、司法妨害と受け取られるような邪魔立てはできないし、今までのような口から出任せの発言やツイートもやりづらくなるだろう。