よく言えば頼もしい、悪く言えば傲慢

【佐藤】二十世紀以降のアメリカ大統領で、この長老派だったのは、彼の他には、国際連盟設立に寄与したウッドロー・ウィルソンと、第二次世界大戦中に連合国軍最高司令官としてノルマンディー上陸作戦を決行したドワイト・アイゼンハワーの2人しかいません。いずれも、周囲の誰もが無理、無謀だと思ったことを実行し、成し遂げました。

【手嶋】反知性主義者にして長老派。そんなトランプ大統領は、奇妙な使命感に駆られ、誰しもが無理と思っていた金正恩との握手を実現した。

【佐藤】自分が正しいと思ったら怯まない。それは、よく言えば頼もしく、打たれ強いのだけれども、悪く言えば傲慢。一歩間違えば危険なのです。

【手嶋】指導者の信念が人々を不幸に陥れた歴史も、枚挙にいとまがありません。

金日成もプレスビテリアンだった

【佐藤】実は、金正恩のお祖父さんの金日成も、もともとはプレスビテリアン(長老派)なんですよ。

【手嶋】えっ、そうですか。ぜんぜん知りませんでした。

【佐藤】金日成の両親は、熱心なクリスチャンで長老派なのです。金日成の自伝『世紀とともに 第1巻』にこんなエピソードが記されています。

「仕事がきつくてやりきれないと、母は叔母と連れ立って礼拝堂へ行った。松山はいま軍事大学のあるところで、そこに長老教系の礼拝堂があった。南里とその周辺にはキリスト教信者がかなりいた。現世では人間らしい生活ができないので、キリストの教えを守り、せめて来世でも『天国』に行きたいと思うのだった。/大人が礼拝堂に行くときは、子どもたちもついていった。信者を増やそうと、礼拝堂ではときどき子どもたちに飴やノートをくれた。子どもたちはそれをもらう楽しみで、日曜日には連れ立って松山に出かけた。」(『金日成回顧録 世紀とともに 第1巻』朝鮮・外国文出版社、一九九二年)

両親も本心では神を信じていなかったというようなことも書かれていますが、これは無神論的な脚色とみた方がいいでしょう。金日成もプレスビテリアン(長老派)の教会に通っていたという事実が重要です。

【手嶋】なるほど。ならば、金日成のなかにも、プレスビテリアンの精神がかなり息づいていて、不思議はありません。

【佐藤】そうなのです。「私の教えは、キリスト教の愛の教えと一緒だ」と言っていますから。澤正彦という牧師が書いた『南北朝鮮キリスト教史論』(日本基督教団出版局、一九八二)という神学書に紹介されているのですが、『金日成著作集』には、結構、聖書のエピソードが入っています。

例えば、最高人民会議の選挙を日曜日に行おうとしたら、反動的な長老派教会の長老が、「安息日には仕事をしてはいけない」と言った。すると主席が現れて、「イエスの教えをもう一回思い出せ。安息日において、麦の穂を摘む弟子が許されたではないか」と。善行だったら安息日にもできるだろう、というわけです。それを聞いて、「主席様は、キリスト教にもこんなに通暁しておられるのか」とみんな感銘を受けて、粛々と選挙に出かけたとか、そうした逸話がたくさん出てきます。

【手嶋】面白いですね。