「その他の選択肢」を用意してさまざまな手を打つ

深掘りすると、しばしば新しい現実が見えてくる。

N君が背景事情を説明して香港に確認すると、先願商標が登録されるまで、少なくとも2年ほどかかることが分かった。時間が稼げるのは大きなポイントである。それまでにさまざまな手を打つことができる。

結局、ダミー会社を使って「海賊商標」の買い取りを打診することになった。その他の選択肢も並行して検討する。

(1)K社は商標出願を継続する一方で、先使用を理由に海賊商標の登録を争う。
(2)他国へ移転するための調査も継続する。
(3)中国工場で商標を付さないで日本に輸入し、日本で商標を付する。そうすることで中国での侵害問題は回避する。
(4)Kブランドのデザインを少し変え、類似の判断が難しいようにする。これによって、万一相手の商標が登録された場合でも、交渉の材料ができる。
(5)中国での工場在庫を最小限にして、差し押さえのリスクを低減する。
(6)いくつかの地域の工場に生産委託を分散し、工場が発見されるリスクを低減する。

あらかじめ準備しておけば、相手との交渉にも強く出ることができる。

準備をしながら、ダミー会社を通じて商標の買い取り交渉をした。相手は商標ブローカーだったらしく、ちょっと高いが、100万円で「海賊商標」を買うことができた。

こうして工場移転は不要になり、移転費用のコスト数千万円を節約できた。小さな会社なのでやむをえないとはいえ、出発点にそもそも問題があった事例である。

矢部正秋(やべ・まさあき)
弁護士
ビジネス取引、国際取引を主に扱う弁護士。サラリーマン生活を経て弁護士登録。英米に留学し帰国したのち、東京で法律事務所を設立。以来30数年にわたり黒字で経営してきた。現在は、2500名超の法律家を擁する国際法律事務所との外国法共同事業に従事。法律関係の多くの論文・著作のほか、ロングセラーとなったビジネス書も多い。最新刊は『プロ弁護士の「勝つ技法」』(PHP新書)
(写真=iStock.com)
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