5点の衣類はねつ造されたもの
拘留中であった袴田さんは、5点の衣類が発見されたことを弁護士から知らされた際、「犯人が動きはじめたな」とつぶやいた。身に覚えがないからこその発言であり、いみじくも真相を言い当てているように思える。
味噌漬けのズボンは、裁判が進行する過程でさまざまな矛盾や不合理が明らかにされた。
その過程で、見逃されているものがある。ズボンのポケットにあったマッチ箱である。実況見分調書によると、<片面は、王こがねみそ(中略)とそれぞれ赤字で記されている>。
袴田さんが勤務していた当時、社名は「合資会社橋本藤作商店」で、商品名は『こがね味噌』であった。殺害された専務の父親が社長をしていたのである。私が調べたところ、事件後、吸収合併されて「株式会社王こがね」と商号の変更と役員の改編がなされていた。社長に就任したのは、殺害された専務一家にあって唯一、無事であった長女であった。
「王こがね」としてスタートしたのが、1967年2月14日。おそらくこのマッチは、それを記念し、製造、配布されたものであろう。ズボンのポケットに入れられたのは、67年2月以降と私はみている。
5点の衣類が捏造されたものであることは紛れもない。付着した血液の量と異なる血液型から複数が加担したにちがいない。その中に捜査関係者が含まれていたかどうか。
ズボンの共布に関しては、清水署宛ての5万円封書(詳細は拙著参照)同様、ひそかに捜査関係機関に宛てて送付した可能性もあるだろう。真犯人は袴田さんを犯人に仕立てたい。決定的証拠に乏しく、公判の維持に苦慮していた検察は、犯行時の着衣をパジャマとする自白を破棄してでも、この策略に乗ったのではないか。
いずれにせよ、いたずらに延期せず、潔く、一刻も早く再審を認めるべきである。