いくぶんか発想の転換が必要だ。いつまでも日本が大国であるかのような態度をとり続けていても、現実とのギャップは開くばかりだ。国力に見合った形で、なお日本が国際社会で「名誉ある地位」を占めるために、現実的に、どういう考え方が必要なのか。厳しく問い直していく必要がある。
厳しい国際環境の中で、日本が平和国家として生き残っていくために、何を考えるべきなのか。この小論ではそれを、目下の国際情勢に即して、論じてみたい。
トランプ大統領の登場が象徴するもの
2017年には、トランプ米大統領が就任し、世界のニュースの多くを作り出した。異色の大統領と言えるが、大きな流れは以前から存在していたと言える。一言でいえば、冷戦終焉(しゅうえん)以後の世界が直面している、自由主義的な価値規範を基準にした国際秩序の、大きな揺らぎである。
国際秩序の現状は、まずは終わりの見えない「対テロ戦争」への対処方法によって、試される。トランプ大統領の登場は、超大国アメリカの「対テロ戦争」への現在の態度を象徴している。
冷戦が終焉した直後の1990年代には、アメリカの国際的影響力が高まるとともに、自由主義的な価値規範が普遍的な基準であるという考え方が広まった。経済面でグローバル化が進んで自由貿易主義が広まっただけでなく、政治的にも人権侵害に対する介入行動的な対処の事例などが大幅に増加した。イデオロギー闘争の時代の終わりを宣言したフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』の物語と、それでも民族や宗教などの人間のアイデンティティーをめぐる闘争は続くと指摘したサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』が大きな議論となった時期だ。1990年代は、ハンサムで知的だが、素行は軽薄な、ビル・クリントン米大統領が象徴した時代であった。
その後、世界は2001年以降の「対テロ戦争」の時代に突入する。地域紛争として頻発すると思われていた「文明の衝突」が、世界的規模で発生することが判明した時代だ。ブッシュ(息子)米大統領によるアフガニスタンとイラクへの直接攻撃および軍事駐留という冒険的な政策は、新しい巨大な紛争構造を劇的に顕在化させ、世界を終わりの見えない泥沼に落とし込んでいった。
後任のオバマ米大統領は、アメリカの撤退政策を主導したが、紛争構造の解決が果たされたわけではなかったので、「力の空白」が対テロ戦争の主戦場地域で生じるに至った。それが、現在の中東を震源地とした紛争構造の流れを作ったとも言える。