物理学の「力の均衡」とは違い通常兵器の力の均衡はほぼ不可能
抑止力とはそれを一方的に「保有すること」が目的ではない。抑止力によって「力の均衡を保つこと」が目的であり、抑止力そのものは手段である。
ここは皆さんがこれまで聞いていた話とは少し異なるところかもしれないので、よく考えて下さい。ここがまさに、これまで当然視されていた大前提への疑問・検証です。
抑止力とは「相手に負けない力」と解するのがこれまでの一般的な理屈。とにかく相手に負けないように自分の力を強くする。でも自分の力を強くするだけでは、力の強弱は永遠に解消されず、いつまでたっても不安定な状態が続く。つまり強い者から弱い者への攻撃の可能性が残り続ける。この不安定な状態が武力紛争を生む最大の要因だ。
だから武力紛争を生まないために重要なことは自分の力と相手の力を「均衡」させ、国どうしの力関係を安定させることだ。自分の力だけを強化すればいいというわけではない。相手の力に釣り合うものでなければならない。他方、自分の力だけで足りない場合には、仲間(同盟国)の力を借りて相手の力と均衡させる。すなわち、抑止力とは相手に対する一方的な力のことではない。相手との関係で「力の均衡」を保つための力こそが抑止力だ。抑止力=力の均衡だ。
では通常兵器によってどのように国どうしの力の均衡を保つのか。藤原さんのように頭の中では通常兵器による抑止力(=力の均衡)を考えることは可能であっても、現実の国際政治の世界で、通常兵器によってどのように国の力を均衡させるのかを論じることは不可能だろう。今回のシンポジウムでも藤原さんは、「通常兵器による抑止力」という言葉を発することはあっても、ではそれをどのように実現するかについては全く言及がなかった。
力の均衡という言葉を発するのは誰でもできるけど、実際に力を均衡させる行動をとるのは至難の業。例えば高層ビル間をロープで繋いだ綱渡りをやっている人を見て、「いやーバランスが取れている!」と他人事のように言葉を発するのは誰でもできる。でも、じゃあお前が綱渡りをやってみろ! と言われてもそんなことはできるはずがない。
藤原さんが通常兵器による力の均衡という言葉を発することは、まさに危険を冒して綱渡りをやっている人に対して、安全なところから「バランスが取れている!」と解説していることと同じ。しかし政治家はその綱渡りをする当事者なんだよね。
(略)
そういや物理学で出てくる「力の均衡」は、結構簡単に実現できる。計測が可能で計算で求めることができるからね。だからお勉強をずっとやってきた人たちはこの物理学での知識が影響しているのか、軍事力を各国で均衡させることは簡単にできると考えがちのような気がする。
実際のケンカをやったことがある者は皆知っている。ケンカをやる前に、自分と相手との力が均衡しているかどうかを知ることは至難の業であるということを。だってケンカの際の力なんて単純な数字で測ることはできないからね。だから現実の国際政治のプレイヤー(指導者)が軍事力を均衡させるのはほぼ不可能に近い。