もう一つ話題となったのが、結婚して家にいて欲しいとプロポーズする平匡を「それは好きの搾取です」とみくりがバッサリ斬るシーンです。契約結婚において平匡が要求する細かい家事水準に合わせる努力をしたのは金銭的な対価を得ていたためである。結婚後無給になってもその水準を要求されるとするならば、それは搾取だというのがみくりのロジックです。
「逃げろ」と言ったが「選べ」とは言っていない
ドラマ版の二人はお互いの愛情を確信して同居を継続はするものの(法的な意味での)結婚はしないという選択に落ち着きます。金銭的な面だけでなく、生活の水準や家事の分担についても話し合いをしながら擦り合わせていこうとの結論で物語は幕を下ろします。
ここで確認しておきたいのは、百合は呪いから「逃げろ」とは言ったけれども何かを「選べ」とは言っていないという点です。平匡とみくりも性別役割分業や結婚というフォーマットから一時的に逃げただけで、これから何を選ぶかを決めたわけではありません。
原作でも周到に描かれているこのニュートラルさは、注意深く視聴していないと見逃してしまうように思います。呪いからの逃亡とは全ての選択肢に対してオープンであり、人生の選択を追って沙汰があるまで一時的に中断しているというスタンスです。独身生活の維持や理想の結婚を待ち続けるなど、人生に対して何かを決めてかかるスタンスとは異なる姿勢が描かれているように思います。
成功した『逃げ恥』、失敗した『タラレバ』
『逃げ恥』とは50歳になろうかという未婚女性の人生(=生涯未婚率の上昇)と、結婚するかどうかは場合によるので仕事をしながらぼちぼち考えたいという20歳代の女性(=非婚就業希望者の増加)の人生からなる、生涯未婚時代をまさに正面から描いた作品といえます。
収入や年齢などを基準に結婚を決めるという価値観を批判し、結婚や恋愛は人生を構成する要素として位置付けた上で、いろいろな幸福があることを高らかに宣言しています。つまり、絶対を前提とせずに悩みながら、その都度考えるという人生観が克明に描かれているのではないでしょうか。本作が大きな共感とともに大ヒットしたのも、時代の状況を鋭く描いた先見性が評価されたもののように感じます。
『逃げ恥』が放送終了した翌月の2017年1月より日本テレビ系列にて放送された『東京タラレバ娘』(以下『タラレバ』)は東村アキコさんによる同名の漫画を原作とするラブコメディです。『逃げ恥』と『タラレバ』はどちらも若者の現代的な恋愛模様を描いた作品で、立て続けに放送されたのに加え、同時期に『Kiss』(講談社)で連載されていたという共通点があり、これまでもしばしば比較されてきました。