足りないのは創造性を支援するIT
まず学界から。CADの権威として知られる東京大学大学院工学系研究科の木村文彦教授は、ものづくりプロセスの進化は、(1)繰り返し作業の徹底的な自動化という側面と、(2)人の創造性支援という側面とがある、と指摘する。そして、これまでのITは効率的な作業記述と分業には適していたが、半面、情報共有によるチーム作業には難がある、としたうえで、非定型作業に対し融通無碍、かつ同時並行的に使える「柔軟なIT支援」が重要だと説く。つまり、開発上流における創造支援が、今後重要になるという主張である。
同じく気鋭のCAD研究者である鈴木宏正東京大学先端科学技術センター教授は、CAD利用実態の調査結果をもとに、現在の日本のものづくりプロセス(構想設計詳細設計生産準備生産)の中で、負荷が集中し危機的状況になりつつあるのは、もっとも上流の構想設計段階だ、と指摘する。この論点は、木村教授との共通点が大きいといえよう。製品設計が複雑化し、生産の海外展開が加速化し、開発期間が短縮化する中で、構想設計は余裕を失い、実車・実物実験の制約からシミュレーション依存が限度に達し、技術データの不足、使用環境の予見性不足の中で、日本製品の品質維持が問題になっている。鈴木教授の危機意識は深い。ここは、構想設計段階を支援するIT支援ツールの整備が焦眉の急だと鈴木教授は主張する。
つまり、木村教授、鈴木教授ともに、現在の開発支援ITで特に不足しているのは、製品開発の上流段階、つまり構想設計・基本設計・機能設計段階における、創造性支援のためのITだ、という結論になろう。
それでは、日本のCAD関連業界は、この問題に対し、どのような見解を持っているのだろうか。筆者の独断によれば、自動車領域における2大論客はトヨタケーラムの新木廣海社長と、デジタルプロセスの間瀬俊明社長である。
新木社長は、広義のものづくりの観点から、日本企業のものづくりは、チームによる「設計の練りこみ」を通じて、設計生産準備製造という経路で知の共有化と増幅が進むプロセスであり、日本のITはこれを支援する必要があると主張する。これに対して欧米のものづくりは、スタープレーヤーたるエンジニアが設計を固めてから後工程に受け渡すシーケンシャル・プロセスだとする。そして、この欧米の伝統から出てきた「分業型CAD」が日本の自動車開発プロセスを席巻した現状を問題ありとし、設計者が使える「軽いCAD」、設計変更を柔軟に受け入れ、リアルタイムのチーム設計に向く「協調型CAD」を、日本発で考える必要があると説く。