過去を悔いるより自己を肯定する

そうやって天地返しした後、同じ道を進む人もいれば、いままでとはまったく違う道に進む人もいるでしょう。私は前者を同じ土地で年に同じ作物を2回作る「二期作」に、後者を違う作物を作る「二毛作」になぞらえています。二期作であっても、心の持ちようが以前とはまったく違い、第2の人生を歩み始めることになります。

そして、二期作と二毛作のどちらの道を選択したにせよ、残された時間からすれば、大きなやり直しはききません。なので、一度動き出したら迷ってはいけません。徹底して自分を輝かす努力をしてこそ、納得のいく日々になります。

しかし、不満や心配を抱える人が少なからずいます。年老いた親の介護の問題、年金の行く末を含めた経済的な不安など、その要因は人によってさまざま。しかし、いくら思い煩っても将来のことはわかりません。また、どんなに心配したところで、物事は変わらないのです。だったら、もがき苦しむのを止めて、現状を甘受しましょう。そして、いまこの一瞬、一瞬を精一杯に生きていくのです。

最近「終活」という言葉を耳にすることが増えました。人生の最期に向けた準備活動のことで、真の還暦を迎えたら、やはり自分の死について考えたほうがいいでしょう。その際に思い出したいのが、仏典の『無量寿経』にある「独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る」という言葉です。結局、人間というものは一人で生まれてきて、一人で死んでいくものなのだということを教えています。

私たちは、生まれたときから死に向かって生きてきました。もちろん、これからもずっと一人です。そうしたなかで二期作、二毛作といったように人生を二度楽しむことができても、過去にさかのぼって人生を生き直すことはできません。たとえ過去に悔いがあったとしても、「それがあればこそ、いまの自分がいる」と自己肯定したほうが楽になれます。

向谷匡史

作家/浄土真宗本願寺派僧侶。1950年、広島県生まれ。週刊誌記者を経て作家に。『名僧たちは自らの死をどう受け入れたのか』『50歳からの人断捨離』『心の清浄をとりもどす 名僧の一喝』など著書多数。
 
(構成=岡村繁雄 撮影=加々美義人)
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