「田舎の小さな町でお菓子屋をやってたんです。そのとき、手作りクッキーがマスコミで評判になり、急激に売上が伸びたので、都会でも勝負できるんじゃないかと思って、 1年前に銀座に店を出したんです。お客さんがどんどん来てくれて、大繁盛になったんですが……なぜか、店にはお金が残らない」

いつのまにか、飯島は強盗に身の上相談をしていた。男は少しバカにしたような笑みを浮かべて、静かに話し始めた。

「儲かっていそうなのに、会社に金が残らないっていう話は、よく聞くな。で、おまえの店の貢献利益って、どのくらいなんだ?」

「コウケンリエキ?」

「おまえ、貢献利益も知らないで、店なんかやっているのか? 経理担当者を誰か雇っていないのか?」

「私は会社の数字がどうも苦手で……一応、嫁さんが店の経理をやっています」

「じゃあ、嫁さんに聞けばいいじゃないか」

「嫁さんには心配をかけたくないので、経営が苦しい話はしたくはないんです」

「ふん、男としての見栄か。会計をまったく知らずに経営しているから、金がないんだよ。まぁ、取るものもないから帰ってもいいが、これも何かの縁だ。少し会計について俺が教えてやるよ」

「えっ! 強盗さん、会計がわかるんですか?」

「こう見えても、昔は経営者だったんだよ。今は落ちぶれて、強盗なんかやっているけどな」

「……うーん、会社を潰した人から、会計の話を聞いてもなぁ」

「おめぇ、殺されたいのか!」

「冗談です! 冗談! ぜひ、教えてください!」

飯島は青ざめた顔で、何度も頷いた。

○貢献利益(1)
貢献利益とは、「固定費の回収に貢献する利益」という意味で、売上から変動費(売上に合わせて変化する原材料費や人件費など)を差し引いた利益のこと。この貢献利益で、固定費をちょうど回収できる売上を、損益分岐点と呼ぶ。人件費や賃料は、普通、固定費だが、これを変動費に変えることができれば、売上が下がったとしても、固定費が回収できないリスクは小さくなる。ただし、全社員を成果報酬型の変動給与にしたら、社内の雰囲気が悪くなり、失敗した会社もある。
○貢献利益(2)
経営者は貢献利益(1)で説明した貢献利益が、いつでもプラスになっていると思い込んではいけない。例えば、都心のオフィス街にあるコンビニは、週末になると休んでしまう。これは、売上から商品の売上原価、バイトの人件費、水道光熱費などの変動費を差し引くと、週末の貢献利益がマイナスになるからだ。
(構成=斉藤栄一郎 撮影=市来朋久 撮影協力=モナムール清風堂(東京都府中市))