「自己犠牲の精神」がなければ医師は務まらない
現在は、新たに人生をかけて、自分に命を預けてくれた患者さんを救うために、全身全霊で手術を行うと同時に、後進の心臓外科医の指導にも力を注いでいます。今年の夏休みも、医師を目指す高校生や医学生たちが、私の手術を見学しに当院へやってきました。彼らに必ず最初に言うことは、「医師になるならば、自分の身を削ってでも患者さんの命を守るという自己犠牲の精神がなければ目指さない方がいい」という厳しい一言です。目の前に座った生徒は必ず頷いて聞いてくれますが、いつか医師になった時に直面する瀕死の患者さんの前で思い出してくれたらいいと思っています。彼らが一人前の医師になるまで現役でいる可能性は少ないかもしれません。そうだったとしても、また最終的に外科医、それも心臓外科医への道を選ぶかは分かりませんが、どんな道を選んだとしても、私が少しでも関わった医師たちが、どんなふうに成長し活躍してくれるのか責任を持って見届けたいと考えています。
アスリートや企業で活躍するビジネスパーソンも同じだと思いますが、心臓外科医として、第一線で活躍するトップランナーになるためには、技術を磨くだけではなく人柄も大事です。手術はチームで行うものですし、外科医の世界でも、人脈、人望がある人が上へ上がっていけるものだからです。今はそう実感している私も、30代のころは天狗になっていた時期があります。きつい内容であっても思ったことをストレートに言い、恩師にでさえ「今は俺の方が手術は上手い。いつでも蹴落としてやる」という態度で接していたと思います。
その結果、私は恩師から病院を追い出される結果になりました。言いたいことを遠慮なく口にするので、失敗したこともありますし敵を作ったこともあったかもしれません。年齢を重ね、いくつかの病院で経験を積むうちに、私の性格もだいぶ丸くなりました。今は仲間を大切にし、厳しい中にも愛情を持って後進の医師を育てるようにしています。これからも、一人でも多くの患者さんの命を助けるために、心臓外科医として研鑽を積んでいきたいと思います。
2014年から続けてきたこの連載は、今回で最終回となりました。読んでいただいた方々には心よりお礼を申し上げます。最後に、猪木さんが引退試合の時にファンに送った「道」の一節を、皆さんに贈らせていただきます。私の座右の銘でもある言葉です。
この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。
危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。
迷わず行けよ。行けばわかるさ。
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。