時代の変化にカステラも進化していく

「父からバトンを受け、社長になったのは2009年のことです。その際、経営者として一番大切なことを確かめました。返ってきた答えは『次世代へ引き継ぐこと』でした。当社も過去に経営危機に直面したことがありました。しかし、松翁軒を残してさえいれば、また社名を盛り上げてくれる人物が現れるわけです。まさに“継続は力なり”です」

経営を任された山口さんが、つくづくと感じたのは「カステラは長崎(のカステラ)だからこそ売れる」ということだった。長崎の名菓としてのブランド力である。加えて、長崎に息づく歴史だ。坂本龍馬が結成した日本最初の商社といわれる亀山社中(後の海援隊)もそのひとつだが、数年前のNHK大河ドラマ『龍馬伝』で、彼らがカステラを焼くシーンがあった。松翁軒では、彼らが残した雑記帳『雄魂姓名録』に記されていたレシピをもとに「龍馬のカステラ」の再現にも挑んだ。

松翁軒11代目社長の山口喜三さん。

「カステラは進化していますし、時代も変化していきます。当然、現状に甘んじていては取り残されてしまう。けれども、松翁軒のカステラの原点を見失ってもいけません。『龍馬のカステラ』に挑んだのは、それを忘れないためです。幸い当社には、江戸時代にカステラを焼いた炭焼き釜と同じ構造の引釜が保管されていました。何度か焼いてみたのですが、想像していたよりおいしいものでした。あの頃、甘味は貴重だったはずです。カステラを口にする龍馬たちの嬉しそうな顔が目に浮かびます」

店を長く続ける場合、よく“不易と流行“が大切だとされる。すなわち、残し伝えるべきものを残し、変えるべきものを変えること。松翁軒はカステラの元祖という矜持を保ちつつ、チョコレートや抹茶風味の新しい味も提案してきた。山口さんはいま、松翁軒のカステラをゆっくりと味わえる場所を作りたいという。海外の文化にいち早く触れ、日本の伝統と融合した長崎の味は、いってみれば和魂洋才。そんな文化の新しい発信基地になれればいいと考えている。

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