「自分と向き合う勇気を持て」を肝に銘じています

なぜいまアドラー本が売れているのか。それは震災などで、多くの人が生きる指針を失いがちだからではないかと思います。

震災後、南三陸や石巻にお邪魔しました。そこには、大変なことがあったのに一生懸命頑張っているおばあちゃんもいれば、そうでない方もいる。指針があるかどうかが大きな違いなのではないかと思います。

震災にかぎらず、これまでの価値観を覆されて、指針を見失ってしまった人は大勢います。そうやって苦しんでいる方々にとって、「人は過去に支配されない」というアドラーの考え方は、とても心強く響きます。

ところで、私はある本を自分の指針として大事にしてきました。ユング心理学を経営者向けに説いた『成功して不幸になる人びと』(ジョン・オニール著/神田昌典監訳/平野誠一訳 ダイヤモンド社)です。

人は、自分が認めたくないネガティブな面を無意識に押しこめ、それが存在しないかのように振る舞います。しかし、意識から切り離したものは消え去るわけではなく、シャドウとなって自分に強く働きかける。

シャドウに翻弄されると、たとえ仕事で成功しても、お金を浪費したり、家族を顧みずに家庭が崩壊したりします。私はワーカホリックな傾向があるので、そうならないようにリフレッシュする時間を取り、自分のシャドウと対話することを心がけています。この本のおかげで、私は身を持ち崩さずに済んでいるといっても過言ではありません。

一方、アドラーはユングと反対の立場だと思います。ユングは原因論で、アドラーは目的論。アドラーはワーカホリックについても、仕事が忙しいというのは口実で、家族に拒絶されるのが怖いから仕事に逃げているだけだと喝破します。この点は、シャドウが影響を及ぼすというユングの理論と立場を異にします。

ただ、私には同じことを指摘しているようにも読めるのです。ユングもアドラーも、結局は「自分と向き合う勇気を持て」ということを言っているのではないか。

ユングを指針にするとしても、アドラーを指針にするにしても、大切なのは自分と向き合うこと。そこは変わらないのではないでしょうか。