「主流のエリート」はもう生き残れない

仲間とは、必ずしも社外の人間である必要はありません。組織のなかで変革を起こそうとする場合には、社内のつながりも重要になります。そのときに有効なのが「同期」のつながりです。

同期のなかには、部署が異なり、入社以来、まったく仕事で関わっていない人もいるでしょう。ところが、それぞれが年次を重ねて、責任ある立場につくようになると、仕事上でのやりとりが増えてきます。先輩や後輩とは違う同期の間柄はとても貴重です。あまり親しくない関係でも、後々、ネットワークとして機能することを意識したほうがいいでしょう。

そのとき、「あいつは傍流だから、付き合わなくてもいいだろう」という考え方は危険です。ビジネスモデルの変化の激しい時代では、主流が壁にぶつかり、突然、傍流が主流となることがあります。

コンサルタント時代、売上高が数兆円規模の日系企業を担当しました。私のクライアントだった常務は、「間違ってこの会社に入ってきたのだな」というぐらい浮いていました。非常に頭がキレるのですが、社内では「ノリが軽すぎる」と受け止められているようでした。私は「これだけ優秀な人でも、この会社では常務止まりか」と思っていましたが、それから社内で大きな変化が起こり、その常務は社長に抜擢されました。

このケースでは、常務より上席にいた「主流のエリート」は、環境の変化で傍流に変わってしまいました。主流というのは、いわば権力をもったリーダーに付き従う人たちです。これまでの右肩上がりの社会では、それでうまくいきました。しかし、複雑化した現代社会では、どれだけ力をもったカリスマ型リーダーにも将来が見通せなくなっています。この傍流がトップになる現象についてはスタンフォード大学ビジネススクールのジェフリー・フェファー教授も指摘しています。

「主流」というひとつの流れに身を置くより、いまは数ある「傍流」のひとつでも、個性的なラベリングをもつ人のほうが、変化に適応しやすいでしょう。異端視されることを恐れて、目標をぶち上げるというリスクを取らなければ、よき仲間とは出会えません。誰からも必要とされない人材は、「コモディティ化」し、安く買い叩かれてしまう。そうした変化は目の前に迫っています。

瀧本哲史(たきもと・てつふみ) 京都大学客員准教授 エンジェル投資家
東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーへ。主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事する。3年の勤務を経て投資家として独立。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』がある。
(構成=國貞文隆 撮影=宇佐見利明)
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