事例共有で「暗黙知」を豊かにする

なぜ事例が有効なのか、もう少し説明しましょう。目の前の顧客に想像をめぐらすときに必要なのは、マニュアル的な「形式知」ではなく、勘や直観としてあらわれる「暗黙知」です。暗黙知は、論理的に説明するのは難しいが、これまでの経験からなんとなくそう思える知識をいいます。言葉でうまく説明できなくても、相手の微妙な表情や口調、全体の雰囲気から感情が読み取れることがありますが、このときは自分の中の暗黙知に照らして判断しています。つまり暗黙知が豊かな人ほど、多種多様な顧客の感情に対して直観が働くといえます。

では、どうすれば暗黙知を豊かにできるのでしょうか。暗黙知を磨くには、経験を積み重ねることが一番です。ただ、一人が経験できる量はたかが知れています。そこで過去の事例を通して他人の経験を自分のものにして、暗黙知を厚くしていくわけです。

事例を共有するための具体的な仕組みとしては、事例集を作成して配ったり、顧客からの手紙などを回覧させる仕組みが考えられます。ディズニーではゲストリレーションという専門部署が、ゲストから届いた手紙をすべてファイリングしています。そこから参考になりそうなものをユニバーシティ(教育部門)が選んで、社内報に掲載します。それを見て現場のキャストは、「同じようなことを私もできないだろうか」と考え、実際のサービスに活かしていきます。

今回は事例の大切さを強調しましたが、誤解がないようにつけくわえておくと、私はマニュアルを否定しているわけではありません。ディズニーにもオペレーションに関するマニュアルがあり、たとえば掃除はどこからどうやるのかという手順が細かく決められています。掃除の手順は、マニュアルで伝えたほうがわかりやすい。ヘタに事例で伝えようとすれば、最低限やらなくてはいけないところが曖昧になって、清掃のクオリティを保てなくなるおそれがあります。

事例集は最高のサービスを目指すための情報ツールであるなら、マニュアルは最低限のレベルをクリアするための情報ツールといえます。両方の特徴をよく理解して、サービス向上に役立ててください。

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