カルビーの営業マンは、ノルマを持っていないことで有名だった。その代わり店頭鮮度のチェックには大変な労力を割いていた。鮮度管理部隊が全国1万店の店頭で、陳列されている商品の鮮度を手作業でチェックしていたのである。
なぜ、そんなことに血道を上げていたのか。カルビーがポテトチップスを発売したのは1975年だが、発売当初はあまり売れなかったのである。原因は鮮度にあった。ポテトチップスは「揚げもの」だ。「揚げもの」は、時間の経過に連れて急激に味が落ちてしまう。カルビーは、この宿命を克服するため鮮度管理に心血を注ぎ、その結果としてシェアナンバーワンの地位を維持してきた。だからこそ、店頭鮮度にこだわり続けてきたのである。精緻な販売計画の作成には、値引き販売を避けるという目的と同時に、商品が店頭に滞留して鮮度が落ちるのを防ぐという目的もあったわけだ。
ところが、こうした独特のこだわりを許さない事態が、ちょうど松本の会長就任に前後して発生した。臼井が言う。
「ライバル企業が上場をして、しかも、すでに飽和状態にあるポテトチップスの工場を新設した。つまりシェアを取りにきたわけです。この事態を受けた松本CEOの言葉が忘れられません。こだわりは捨てろ。健全な競争をして相手に勝とうじゃないか。シェアを取り返しにいこうじゃないかと」
なにしろ、営業マンにノルマのなかった会社である。ライバル企業と競争しようという意識はそもそも薄かった。その結果、かつては70%を超えていたポテトチップスのシェアは、当時60%程度まで落ち込んでいたのである。
松本は、販売計画の作成だけでなく、カルビー伝統の鮮度調査もやめた。理由は「たくさん売れば、店頭鮮度は維持されるはず」だからである。シンプルかつプラグマティックな考え方である。
結果、ポテトチップス市場におけるシェアはライバル会社の攻勢にもかかわらず、09年の約60%から約70%(13年)へと回復した。再び、臼井が言う。
「結果重視の成果主義に切り替わったわけですが、私のように昔のカルビーを知っている者は、営業プロセスの大切さも知っています。競争に勝つことは大切ですが、値引きさえすれば勝てるとなったら、営業マンの仕事は価格交渉だけになってしまう。小売店への濃やかなケアや店頭の陳列の工夫など、カルビーが培ってきた営業プロセスのノウハウも大切にしていくべきだと思いますし、成果主義と両立するものだと思っています」