しかし、悪いことは重なるものだ。メラミン混入事件と時を同じくして、オーストラリア産食材を確保するためのリスクヘッジとして行っていた豪ドルの通貨スワップ取引により、サイゼリヤは140億円という巨額の含み損を抱えることになる。09年8月期の営業利益は前年同月比22.2%も増しているにもかかわらず、経常損益は69億円の赤字を計上。最終損益では48億円の赤字に転落してしまう。その責任を取る形で、正垣氏は社長職を退くことになる。
「この窮地をどう活かし、何を変えるか。その結論が、僕が社長を降りることだった。でも、それだって考え方ひとつでね。どこの会社も、創業社長はなかなか変われないもの。社内には有能な社長候補がたくさんいたけれど、あのとき不祥事が立て続けに起きたからこそ、『もう何も起きないぞ、安心してやってみろ』と背中を押せた。会社にとって社長交代の絶好のチャンスに変わったんです」
3度目のピンチ!今度は原発問題
そして2011年、サイゼリヤは再び未曽有の窮地に立ち向かっていた。3月11日に起きた東日本大震災の影響は、同社が誇る「カミッサリー(食品加工・流通工場)」を中心とした食品供給・輸送システムを直撃した。その基盤となる100万坪の広大なサイゼリヤ自社農場は、福島第一原発から約100キロメートル離れた福島県白河市に位置していたのだ。ここでは、全店舗で提供されるレタスの4割が生産されていた。
「政府が福島県産野菜の摂取制限を検討した3月19日昼に、すぐ出荷停止と在庫破棄の判断をしました。検査では放射性物質は検出されませんでしたが、万が一にも健康被害があってはいけないし、お客様を不安にさせてもいけない。もう1つの理由は、食材の供給システムを根本的に見直す必要が生まれたから。我々は食べ物屋だから、日本が今後どういう状況になっても、お客様にきちんとした食事を提供しなければならない。いかに海外から安全な食材を調達するか。そのうえで、農家の方々の雇用をどうやって確保するか。それを考えて動かなければいけない」
食材確保の問題に加えて、首都圏で行われていた計画停電の影響もある。料理の製造を一手に引き受けるカミッサリーは、計画停電中は1日4時間しか稼働できない。しかし、効率化されている工程のなかでも重要度の高いものを集中的に処理することで、時間内に業務を終えることができたという。
「何も問題がないときは、努力は『手を広げる方向』にいきがちだけど、窮地に追い詰められたときほど、自分たちが社会から本当に求められているもの、1番の強みが浮き上がってくる。これもチャンスの1つです。不連続なこと、予期できないことが起きたときこそ、既存のシステムを守るより“まさか”を受け入れなければダメ。根本的なものを考えられるタイミングはそこしかないんです」
自粛ムードの浸透や電力不足の深刻化など、外食産業の窮地はまだまだ続いた。それでも、「電気が足りないなら、早朝から夕方までの営業にすればいい。本当はそちらのほうが自然なのかもしれないよ」。そう言って正垣は笑った。
1946年、兵庫県生まれ。68年、東京理科大学理学部卒業。大学在学中に1号店を開業するが全焼の憂き目に。92年、サイゼリヤに商号変更。2000年、東証一部上場。09年会長。