大企業にこそ「アジャイル開発」が求められる理由
生成AIを中核とするデジタル技術が日々急速に進化する現代社会において、短期間でユーザーのニーズがまったく異なるものへと変わることが当たり前になりつつある。それに伴って市場状況も刻一刻と変容するため、製造業をはじめ、多くの日本企業が環境変化に適応する柔軟な組織へのシフトを図る必要性に直面している。KDDIアジャイル開発センター株式会社(以下、KAG)開発戦略本部本部長・岡澤克暢氏は、企業に求められる姿勢をこう解説する。
「従来は企業が生み出した商品やサービスをユーザーがそれに合わせて利用する形が中心でしたが、いまやユーザーにまずは利用してもらい、実際のフィードバックをもとにユーザーに寄り添いながら潜在的なニーズを的確に捉えることで、大きなビジネスチャンスをつかめる時代になっています。さらに、急速に進化するAIテクノロジーがビジネスのあり方、サービスのあり方を根本から変えつつあります。こうした変化のスピードに対応し、ユーザーの声をいち早く捉えて素早くサービスに反映させるためには、迅速な開発サイクルと柔軟な組織体制が欠かせません。そこで私たちは、この新時代において競争力を高める最適なアプローチとして、アジャイル開発を推進しています」

ソフトウエアエンジニアを経てKDDIに入社、海外テック企業とのサービス立ち上げなど多岐にわたるプロジェクトをリード。KDDIにおけるアジャイルの内製組織の立ち上げを実施後、社内外におけるエンジニア組織やチームの成長、さらにビジネス価値の向上を継続的に推進。
KAGが話すアジャイル開発では、多くの企業で採用されてきたウォーターフォール開発とは異なるスコープの持ち方で開発を進める。ウォーターフォール開発では、見積り段階で「納期」と「コスト」を確定させ、開発開始時に成果物を固定してきた。しかし、目まぐるしく変化する現代社会でこうした長期開発を行うと、完成したときにすでにそのプロダクトは現行の市場にそぐわないものになってしまっている可能性が高い。
一方、アジャイル開発ではプロダクトを小さなユースケースごとに分け、ユーザーニーズや市場価値などに合わせ優先順位の高いものからどんどん世に出し、開発を進めながらサービスデザインと連動し、顧客フィードバックを素早く取り入れて成果物を柔軟に変化、成長させていくことを重視する。つまり、納期やコストを無視するのではなく、市場が日々変化しても、その内容に合わせてプロダクトも寄り添っていくので、ニーズに応えた成果物を余計な無駄を最小限に抑えつつリアルタイムで世に送り出していけるのである。
「日本の多くの大企業にとって、アジャイル開発を効果的に取り入れるためには、現場の創意工夫を最大限に生かせるように経営層とチームが柔軟かつ迅速に連携できる組織体制へ進化する必要があります。そのため、当社ではアジャイル開発とは単なる開発手法ではなく、組織をより良いものにアップデートし続けるためのアプローチそのものだと考えています」(岡澤氏)
そこで同社が提供を行っているのが、「アジャイルCoE支援サービス&内製化支援サービス」だ。端的にいえば、アジャイル開発を始めたいと考えている企業とKAGの社員とが一緒になってチームを編成し、企業の内側からDXを推進できる組織体制へ変えていくサービスである。単にアジャイル開発のノウハウを提供するだけではなく、企業ごとの課題や状況に合わせてオーダーメイドで支援策を検討し、組織戦略、プロダクト戦略、サービスデザイン、内製開発の導入から定着まで伴走していくことが大きな特徴だ。

「アジャイル開発は、組織ごとの良い文化をアップデートする形で導入する必要があります。だからこそ、当社の専門家が企業の中に入っていき、その企業に合わせた支援策を探りながらサービスを提供していくのです」(岡澤氏)
KAGは、10年以上にわたってアジャイル開発に徹底的にこだわり続けてきた、DX専業のプロフェッショナル集団だ。長期にわたる挑戦、実践、振り返りから培った豊富な生きたノウハウにより、プロジェクトで想定されるさまざまなリスクを的確に捉え、未然に防ぐ方法も示せるようになった。「こうして積み上げたさまざまな知見が大きな強みになっている」と、岡澤氏は話す。
「アジャイルという概念自体は約20年前から存在し、海外では当然の手法として定着してきました。しかし、国内で急速に注目が高まっている背景には、DXの重要性が増し、市場やユーザーの要望が絶えず変化する環境に加え、クラウドや生成AIといった最新技術がめざましいスピードで進化し始めたことが挙げられます。こうした加速度的に進化し続けるテクノロジーを適切に活用しサービスを迅速にアップデートし、顧客ニーズへの対応をスピードアップするには、アジャイルな組織体制にシフトしていかないと競争力を失ってしまうのです」
プロジェクト型からプロダクト型の組織へ
アジャイル開発を企業に根付かせるには、まず社内の実働部隊を従来のプロジェクト型から「プロダクト型組織」にシフトする必要がある。両者の違いを岡澤氏はこう話す。
「プロジェクト型は一時的なチーム編成で、プロジェクト終了後に解散します。一方、プロダクト型は企画、開発、運用まで一貫して担当する恒常的なチームとして機能します。そのプロダクトに関してチームに権限委譲することで、新製品・サービスの開発サイクルを短縮し、顧客要求や市場動向への柔軟な対応を可能にしていきます」
とはいえ、大企業の中でいきなり組織構造を変えることは難しい。そこで同サービスでは企業内にまずひとつのチームを組成し、早期に成功事例を出すことを目指す。また重要なのはそのチームを支える組織自体をしっかりと組成すること。新しい可能性や価値を見いだせると確信すれば、組織の中で最初の一歩を踏み出す、そんな存在として「ファーストペンギン・チーム」と呼ばれる。ファーストペンギン・チームの役割は組織変革や新しい取り組みを先駆的に実践していくこと。いわば、成果を出すことと、ロールモデルになることが期待されているのだ。また、組織内で実行意欲のあるメンバーを選定し、おおむねスクラムのように6〜8人程度の小規模でチームを編成するのが「ファーストペンギン・チーム」の基本的な考え方。少数精鋭でスタートする目的は、機動力とコミュニケーションを円滑かつ効率的にするためだ。
同時に、「CoE(Center of Excellence)」を組成することがアジャイル開発の促進につながっていく。CoEとは、アジャイル開発の導入・推進の指針を策定し、組織全体の変革を担う中核組織で多様な専門性を持つメンバーでチームを構成する。いわば推進をドライブするような組織で、この組織がリスクやプラクティスを保持していることでファーストペンギン・チームはその指針に基づき、安心して実際のプロダクト開発を実施できる構造になっているのだ。
あくまでもファーストペンギン・チームやCoEには企業のメンバーが入ることが重要で、KAGのメンバーもチームに入るが、主体となるのは伴走を受ける企業側のメンバー。同サービスは3年程度の期間で段階的に伴走を減らしていき、クライアント組織の自立を目指す方針を立てている。この顧客とワンチームになって進める点が重要である。
ここまでの話を聞くと、DXのプロフェッショナルがある日突然会社にやってきて、急速に社内の企業文化や組織構造にメスを入れていくような印象を受けるかもしれない。しかし、導入してみるとそのイメージはいい意味で払拭されるだろう。KAGが大切にしていることは対話力。支援先の企業の課題や状況、すでにある企業文化などを丁寧なコミュニケーションでくみ取ったうえで、自らの支援策の提案の仕方そのものも、アジャイルに行う。その証拠に大手の精密機器メーカーや通信系企業のグループ会社にアジャイル開発の支援を行った事例があり、いずれも各企業にアジャイル開発が着々と根付きつつある。
「長年の実践経験による豊富な知見、技術力、企業文化への適応能力には自信を持っています。特に成功事例だけでなく失敗事例を含む実践的な経験の蓄積が、効果的な支援を可能にしています。どのようにすれば失敗しないのか、成功に近づけるのかを理解しているので、より素早くお客さまのアジャイル開発の定着にむけて支援することができます。また、組織内イノベーションの活性化を促進し最大化させるためPdM支援、アジャイルコーチ、生成AI導入支援、サービスデザイン、DevOps支援、人材育成支援などの複数のサポートを組み合わせた支援まで拡張していけることも、当社の強みです」と岡澤氏は自信を見せる。
「変化が激しい時代において、新製品・新サービスの開発サイクルを短縮できれば、市場適応力が向上し競争力が高まります。また、自律的なチーム運営や継続的な改善・学習文化が根付くことで、社内イノベーションが促進され、競合優位性が強化される。現代社会において、アジャイルな組織こそが最適解なのです」