名和さんとは友人でもある林泰彦と中野裕介のユニット、パラモデルもいくつかのシリーズを持ったアーティストです。彼らの場合は、おもちゃメーカーの青いプラレールをインスタレーションする「プラレール」シリーズ、神社の絵馬のように木製パネルに直接ドローイングを描く「絵画」シリーズ、大阪の典型的庶民の遊び場に作品を介入させてゆく「写真」シリーズ、オリジナルキャラクターの手なし犬が登場する「映像・アニメ」シリーズがあります。

パラモデリック・グラフィティ 2008 kita!!Japanese Artist Meets Indonesia ©paramodel / photo:paramodel courtesy of MORI YU GALLERY
写真を拡大
パラモデリック・グラフィティ 2008 kita!!Japanese Artist Meets Indonesia ©paramodel / photo:paramodel courtesy of MORI YU GALLERY

パラモデルという名前の由来には、パラパラ漫画、たとえ話(parable)、極楽や絶景(paradise)、逆説(paradox)、パレード(parade)などの意味が込められていて、身近にあるプラレールやブルーシート、温泉や宴会などを巧みに作品化していて、サービス精神溢れるアーティストです。小難しいコンセプトを語る若いアーティストが多い中にあって、本当は奥行が深いのにさらりと大がかりな作品をやってみせてくれるのです。パラモデルの作品は、大変な手間がかかっているはずなのに「僕らはけっこう楽しんでますからね」と答えてくれたりします。パラモデルにも新しさを強く感じています。

新世代のアーティストの特徴として、自分の作品の傾向を決めない、という点があります。20世紀のアーティスト達は「個性」という言葉を含めて、作品を一見しただけで、誰の作品か判明しないような作品はダメだ、と思いこんできました。名和晃平やパラモデルは、そうした「個性」の呪縛をさらりとかわしています。そして、作品と社会とのかかわりや、現代性については論理的なコンセプトを持っています。それでいて、難しい言葉ではなく誰にでもわかる言葉で解説してくれるゆとりもあります。

一人のアーティストがいくつかのシリーズの作品を展開させて、個展でありながらグループ展のような発表をする傾向は、日本だけではありません。例えばアメリカのフィラデルフィア在住のジョシュア・モースレーなどは映像作品を作っているのですが、人形とドローイングを合体させた作品や作品に登場するパスカルとルソーをブロンズ像に作り映像に登場させています。映像作品を見る前に、気まじめな感じでブロンズ像を見て、その先にちょっと可笑しな映像作品がある、というわけです。そもそもパスカルとルソーでは考え方が違うわけで、その対比からして爆笑させられる仕掛けになっています。