夏の甲子園では、ベンチに入れなかった野球部員が、スタンド席からユニフォーム姿で応援するのが定番となっている。ライターの広尾晃さんは「学校の部活が試合に出られない選手を大量に生み出している。こんな光景を美談としているのは日本だけだろう。だから野球離れも止まらない」という――。
一関学院のスタンドで応援する生徒ら=2022年8月6日、甲子園
写真=時事通信フォト
一関学院のスタンドで応援する生徒ら=2022年8月6日、甲子園

甲子園のスタンドで応援する野球部員の正体

夏の甲子園が始まっている。今年は2019年以来の入場規制なしの大会で、アルプス席の応援団はマスクなどの感染症対策を施しながらも、吹奏楽が応援歌を演奏し、応援団がメガホンを叩いて応援をしている。

筆者は毎年、春夏の甲子園を観戦するが、いつも気になるのが、アルプス席にいる「ユニフォームを着た高校生」たちだ。彼らは「ベンチに入れなかった野球部員」だ。

甲子園に出るような強豪校には、リトルシニア、ボーイズなど中学硬式野球で活躍した選手が入学する。とりわけ資質豊かな選手は「特待生」になる。特待生は日本高野連の内規で各校1学年5人以内が望ましいとされ、入学金、授業料、施設費などが免除される。

特待生になれなくても入学する中学硬式野球の選手もいる。さらに、中学時代に実績がない中学生も甲子園出場を夢見て強豪校に入学する。

甲子園に出場するような強豪校の多くは、100人以上の部員を抱えている。地方大会のベンチ入りは20人前後、選手登録は25人、甲子園は18人となっている。どの学校でも大半の生徒は野球部員でありながら試合に出場することも、ベンチ入りすることもかなわない。

ベンチ部員のお金は学校の設備投資に使われる

野球好きの人は「そんなの当たり前じゃないか」と言うかもしれない。甲子園だけでなく地方大会でも、どんな試合でも、高校野球は試合に出ない野球部員を生み出してきた。野球ファンも関係者もそれが当たり前と思ってきた。

しかし、高校野球は部活の一つであり、文科省、スポーツ庁が管轄する「教育」の一部である。野球部員は試合に出なくても部費、施設費などを負担している。「甲子園に出る」という目標のために、教育の機会均等という理念が軽んぜられているのではないか。

前回のコラムでも紹介したが、私学の多くは少子化の中、甲子園を「生徒募集の広告塔」にしている。甲子園に出場すれば知名度が上がる。入学志望者が増えれば受験料、授業料の増収が見込める。

私学はそのために、グラウンドや練習環境を整備する。また全国から来る入学者のためにも「学寮」も整備する。多くの野球部員を受け入れるのはこうした設備投資を回収するためだ。結果的に一般の野球部員は特待生の学費も負担している。