角栄の「君にとって、雪はロマンの世界だよな」という言葉の真意

遷都の地盤をつくったのは、ある意味、角栄だった。1972年6月11日に発表した『日本列島改造論』はその起点だったと言っていい。

ただ、角栄は権力に固執するタイプの政治家ではなかった。首相の座に恋々としたわけではない。首相として『日本列島改造論』を形にしたかった。『日本列島改造論』は角栄の政治家としての原点そのものだったからだ。

角栄の秘書官だった小長啓一に聞いたことがある。

1971年、当時通産官僚だった小長啓一が秘書官になって2週間くらいたったときのことだ。角栄が突然出身地を尋ねてきたという。

これに対し、小長が「岡山です」と返すと、角栄は「そうか、岡山か」と言った後、「岡山生まれの君にとって、雪はロマンの世界だよな」と続けたのだという。

いったい角栄が何を言いたかったのか。角栄はこの後、小長にこう言ったという。

「君にとって、雪はトンネルを抜けたら銀世界が広がっていて、それを愛でながら酒を酌み交わす川端康成の『雪国』みたいなイメージだろう。だがな、俺にとって雪は生活との戦いなんだ」

新潟県湯沢市の雪景色
写真=iStock.com/lion95
※写真はイメージです

角栄の政治家としての原点はここにあると言っていい。角栄の生まれは新潟県の二田村(現在は柏崎市)という寒村である。同じ日本にありながら、冬になると雪によって大都会から遮断されてしまう寂しい村だった。「クリスマスだ、正月だ」と華やぐ都会に比べ、寒村の冬はわびしい。東京だけが栄え、地方は寂れていく。

「そんな不平等をなくさなければならない」

だから角栄は政治家になった。そして『日本列島改造論』を書いたのだった。『日本列島改造論』は角栄が理想とする日本のかたちなのだ。

角栄が「日本列島改造論」に込めた庶民の幸福

東京を頂点とする歪なヒエラルキーを突き崩し、日本の国土の均衡のとれた発展を目指す。首都移転も辞さない。これこそが角栄が『日本列島改造論』に込めた思いであり、角栄にしか描けない理想の国家観だった。

日本国民がみな平等に行政・医療サービスを受け、健康に働き、天寿を全うする。当たり前の幸福を当たり前に国民みんなが享受する姿そのものだった。これは角栄にしか持ちえない庶民の視点だった。

日本の戦後政治は、吉田茂以降、角栄の前の首相だった佐藤栄作まで、出自と学閥、血脈をテコとしたエスタブリッシュメント(支配階級)が独占してきた。角栄が登場したことの最大の意味は、その流れを断ち切ったことにある。庶民階級を含めた国富の平等な再配分――。角栄はそれを目指した。

「君にとって雪はロマンの世界だよな」という角栄の言葉に、小長は「さすが田中さんは天才だった。自分は大臣秘書官になる前の2年間、立地指導課長を務め、国土開発についてはある程度の知識と経験があるとの思いがあったが、その一言で『はっ』とし、『恐れ入りました』という気持ちになった」という。

角栄は「東京という日本の中心から取り残された地方の貧しい農民の生活を救うことこそが自分が目指す政治なんだ」という自分の思いを「雪はロマンではなく、戦いなんだ」と表現することで気づかせたのだった。