血のついたズボンをクリーニング店に

妻は音楽が趣味で地元の合唱サークルに入っていた。一方の飯塚氏も学生時代から合唱を続け、パートはテノール。工業技術院長時代には院長室に豪華なステレオセットを置くほどだった。

飯塚家と親交のあるクリーニング屋店主が明かす。

「最寄り駅から奥さんと相合傘で肩を抱いて歩いていたので、本当に愛妻家なんだと思いました。2~3年前、奥さんが夫婦お揃いの音符のマークの入ったユニフォームを持ってきて『これ、(年末の)第九のコーラスの時に着たのよ』と言っていましたね」

クボタ退社後も数々の名誉職を歴任した飯塚氏。15年11月には、長年の功績が認められ、瑞宝重光章を受章した。その叙勲祝賀会が催されたのは、同年12月11日のこと。84歳になっていたが、前出の黒須氏によれば「足もピンピンしていた」という。

学会関係者も、80代半ばを迎えているにもかかわらず、飯塚氏には“現役感”があったと語る。

「ゴルフ好きで、ラウンドを重ねていました。2年前、飯塚さんが85歳の時に回ったのが最後でしたが、その年齢でスコアは100ちょっと。若々しいものでした」

飯塚氏が免許を更新したのもちょうど2年前。75歳以上が義務付けられている認知機能検査で、記憶力や判断力に問題はないと判定されていたという。

ところが――。

「昨年10月頃に、奥さんが血のついたご主人のズボンを持ってきたんです。『どうしたんですか』と聞くと、『マンションの中で転んで膝を擦り剥いて』と言っていて。この頃からだいぶ弱ってきた感じでした」

前出のクリーニング屋店主はそう振り返る。