わずか10分で下村氏を断念させた冷徹さ

菅義偉首相が苦しんでいる。新型コロナウイルス対策では後手後手の対応で感染拡大を止められず、内閣支持率は低迷している。さらに9月17日告示、29日投票の自民党総裁選では苦戦を予想する声が日々高まっている。

衆院本会議場で菅義偉首相(中央左)に声を掛ける安倍晋三前首相(同右)=2021年4月1日、国会内
写真=時事通信フォト
衆院本会議場で菅義偉首相(中央左)に声を掛ける安倍晋三前首相(同右)=2021年4月1日、国会内

菅氏は窮地を打開しようと、党内政局では大胆な奇手、奇策を次々に打っている。「政局の菅」でならした強面の顔が垣間見えるが、衆院を解散して総裁選を先送りにしようという策は、党内外で猛反発を受けて撤回。形勢を好転させるには至っていない。

8月29日。菅氏は終日、東京・赤坂の議員宿舎で静養した。新型コロナ対策に奔走していた菅氏にとっては5カ月ぶりの休養となった。そして翌30日から、人が変わったように動き始めた。

同日午前、総裁選出馬に意欲を見せていた下村博文党政調会長を首相官邸に呼び、総裁選に出馬するのなら、ただちに政調会長を辞するよう通告した。あわよくば政調会長として経済対策をとりまとめて総裁選に名乗りを上げようと考えていた下村氏は「熟慮する」と回答。事実上、総裁選出馬断念する考えを伝えた。分かりやすく言えば、菅氏は下村氏に対し「出馬するなら『反菅』と見なす。自分が再選したら徹底的に干す」と脅し、下村氏が軍門に降ったということだ。

会談の時間はわずか10分。菅氏は、目的を達成するには手加減をしない冷徹な一面を見せた。

二階氏を交代させることで、岸田氏の攻め手を奪った

総裁選で最大のライバルとなった岸田文雄前政調会長への対策も、打った。

岸田氏は8月26日の出馬会見で「国民政党であったはずの自民党に声が届いていないと国民が感じている」と菅体制を批判。「地味なプリンス」という風評を一変させてみせた。さらに「党役員は連続3期3年まで」という党改革案をぶち上げた。5年以上、幹事長に君臨する二階俊博氏に対する当てつけであるのは言うまでもない。

二階氏を中心とした長老支配に辟易とする中堅・若手の中で、岸田提案を歓迎する動きが広がった。二階氏の党運営を面白く思っていない安倍晋三前首相、麻生太郎財務相にとっても、二階氏の交代は、悪い話ではない。一石二鳥とも一石三鳥とも言える改革案だった。

一方、菅氏は30日夕、二階氏に会い、二階氏も含む党役員の刷新を行う考えを表明。二階氏も「私に気にせずやってください」と了承した。菅氏は、二階氏と二人三脚で総裁選、そして衆院選に臨む考えとみられていただけに、大サプライズだった。この奇策の意図は、「岸田提案つぶし」にほかならない。いち早く二階氏を交代させることで、岸田氏の攻め手を奪ったのだ。