テレビで見ない日はない…超売れっ子時代、元オセロ・中島知子が感じていた「むなしさ」(西澤 千央) 中島知子さんインタビュー #1

今、女性芸人の世界が揺れている。女性芸人といえば、当たり前のように「ブス」「デブ」「非モテ」をいじられ、そこで強烈なインパクトを残すことが成功への足がかりとされてきた。

しかし、持って生まれた容姿や未婚か既婚かどうかの社会属性などを「笑う」ことに対して、今世間は「NO」という意思表示をし始めている。「個人としての感覚」と「テレビが求めるもの」、そして「社会の流れ」。三つの評価軸の中に揉まれながら、女性芸人たちは新たな「面白さ」を探し始めている。

「本当に今から会うのか」インタビュー会場である大分のホテルについてからも、不思議な気持ちは消えなかった。中島知子。2000年代のテレビバラエティで見ない日はなかった超売れっ子芸人。女性芸人たちの足跡を辿る当特集【女芸人の今】で、どうしても取材したかった一人である。 

今は九州・大分を拠点にタレントとして活動しているという。会場に姿を表した中島は笑顔だった。特集内のインタビューのほとんどを読んできてくれたことに驚きつつ、取材は始まった。 (全3回中の1回/2回目を読む)

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芸人になった理由は「とにかく家を出たくて」

——第2回の時にご登場いただいたモリマン・モリ夫さんがよく中島さんのお名前を出してました。 

中島 (モリ夫さんは)すごくいい人で、人に対して腰が低すぎる人でした。一緒に代官山にある雑貨屋さんに行ったのをなぜか覚えてますね。

モリ夫さん、当時歯がなくて。歯を入れたらどうかって提案してたんですけど、あんまり受け入れてもらえなくて。面白いんですよ。モリ夫さんたちのああいう青春な感じ。あこがれてたし、好きでした。   

——中島さんは「芸人」を目指されていたわけじゃなかったんですよね。 

中島 そうですね。そもそも松竹芸能を知らなくて、スカウトされた時に「どういう事務所なんですか?」って聞いたら「こういう事務所です」と見せてもらったチラシがレツゴー三匹さんで「そうか、芸人さんの事務所か」と思って。大学の時でした。お笑いの第2ブームだったので、事務所がちょっと面白いことをしている子を集めていたんですね。

それである日突然、養成所に来た順にコンビを組まされた。最初は違う人とやってたんですけど、後から「(松嶋尚美と)組まないか」って言われて。それは事務所が強制的にっていう感じ。だから、自分はタレントとしてピンで行ってみたかったんですけど、事務所的にはそんなことは頭からなかったみたい。 

——なるほど。 

中島 私は当時、とにかく家を出たくて。小さい頃から家出もしていたし。だから、ビッグアップルにも履歴書を送ってたんですよね。一次審査通過の連絡がきたのですが、封筒を妹に勝手に見られて、家族にバレた。 

——芸能人になりたいからというよりは、とにかく家から出るため、東京に行きたかった。 

中島 そうですね。遠くの大学に行くぐらいじゃ絶対に家を出るのは無理だなと思って。全然違う関係の仕事に入らないと無理だなと思ってました。だから、すごい機会を狙ってましたよね。まさかスカウトされるとは思わなかったですけど。