新しい企業を生まない国になってしまった日本

1位アップル、2位はサウジアラビアの国営石油会社のサウジアラムコ、3位アマゾン・ドット・コム、4位マイクロソフト、5位がアルファベット(グーグルの持ち株会社)、6位アリババ・グループ・ホールディング(中国)、7位フェイスブック、8位テンセント・ホールディングス(中国)、9位がバークシャー・ハサウェイ、10位がウォルマート。10社中7社が、「知識産業」であるベンチャー企業だ。

1989年の米国ランキングでトップ10に名を連ねたIBM、エクソン、ゼネラル・エレクトリック(GE)、AT&T、タバコのフィリップモリス、デュポン、ゼネラルモーターズ(GM)といった伝統企業はいずれも上位からはじき出されている。この30年で米国経済を構成する細胞はそっくり入れ替わった。

新型コロナウイルスの感染拡大で消費や雇用が1930年代の大恐慌並みに落ち込んだ2020年の夏、知識産業を代表するGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)の株式時価総額の合計が600兆円を突破し、東証一部上場企業2170社の合計を上回った。

日本の最強企業、トヨタ自動車を含む日本の自動車メーカー9社は時価総額の合計で米国の電気自動車(EV)ベンチャー、テスラに抜かれた。年間の販売台数で見れば900万台を超えるトヨタに対し、テスラはわずか37万台。だが株式市場は、EVと自動運転によって古い自動車産業を破壊しようとするテスラに軍配を上げた。

日本はいつから、これほどまでに新しい企業を生まない国になってしまったのか。答えは「リクルート事件」の後からである。

リクルート事件が戦後最大の疑獄になったことで、江副が成し遂げた「イノベーション」、つまり、知識産業会社リクルートによる既存の産業構造への創造的破壊は、江副浩正の名前とともに日本経済の歴史から抹消された。

古い日本を脱ぎ捨てる千載一遇のチャンス

だが日本のメディアが、いやわれわれ日本人が「大罪人」のレッテルを貼った江副浩正こそ、まだインターネットというインフラがない30年以上も前に、アマゾンのベゾスやグーグルの創業者であるラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリンと同じことをやろうとした大天才だった。その江副を、彼の「負の側面」ごと全否定したがために、日本経済は「失われた30年」の泥沼にはまり込んでしまったのである。

新型コロナウイルスのパンデミック禍は、古い日本を脱ぎ捨てる千載一遇のチャンスでもある。しかし正しく生まれ変わるためには、どこでどう間違えたのかを、真摯に問い直さなければならないだろう。江副が遺した大いなる成功も大いなる失敗も歴史から葬り去ってはならない。なぜなら、大いなる失敗もまた、大いなる成功への始まりになることを、人類は歴史上なんども経験している。

私(筆者)は、江副浩正の生涯をたどることで、戦後日本が生んだ稀代の起業家があのとき見ていた景色、そして「もし」この男の夢が実現していれば、どんな日本になっていたのかを考えてみたい。未完のままのイノベーションを完成させてみたい。

コロナ禍という人類未曾有の危機にある私たちが、今からこの国で、未来を切り開き、生き抜いていくためにも。

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