30年前に江副が着手していたクラウド・サービス

断じてその場の思いつきではない。タイミングを計り、狙いすました上での買収だ。待ちに待った知識産業社会、コンピューター・ネットワークの時代がやってくる。東大、京大の理工系の学生を大量採用し、腕っこきのコンピューター・エンジニアを中途採用して、江副は新しい時代に飛び込んだ。

1987年にファイテルを買収した江副は、ニューヨークとロンドン、そして日本の川崎に「テレポート(通信機能を備えた巨大コンピューター基地)」を作り、3つの拠点を国際回線で結んで金融機関などにサービスを提供しようとしていた。コンピューターのパワーや通信回線の速度は今とは比べ物にならないが、現在アマゾンの収益源の柱となっている「アマゾンウェブサービス(AWS)」と同じものを、30年以上も前に構想していたのだ。つまりクラウド・コンピューティングである。

アマゾンは、世界最大のネット小売業者だが、もはやそれはアマゾンの一部でしかない。アマゾンの事業の中でもっとも高い収益を上げている(年間約130億ドル)のが、企業向けのクラウド・コンピューティングのAWSなのである。

AWSは、各企業がコストをかけて独自のサーバーを持つという、それまでの常識を覆した。財務会計から給与計算、顧客管理からそのデータの解析まで、ありとあらゆるサービスを用意している。セキュリティも万全。なんとCIA(米中央情報局)までもが顧客になっている。しかも、江副が狙っていたとおり、地球上あらゆるところにサーバーがあるので、たとえば深夜ロンドンで使われていないサーバーを日中の東京で企業向けに稼働させれば、電力コストが下げられるうえ、使用効率が上がるのでメンテナンスにかかる人件費も相対的におさえられる。サービス価格は企業が自前のコンピューターを持つよりはるかに安い。

アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)、マクドナルド、あるいは動画配信で急成長しているネットフリックス、日本企業では、日立製作所、キヤノン、キリンビール、ファーストリテイリング(ユニクロ)、三菱UFJ銀行など、世界中の名立たる企業がAWSを利用している。

「あれだよ、あれ。僕はあれがやりたかったんだ」

もし江副浩正が生きていたら、アマゾンのAWSを見て、そう言ったことだろう。

襲いかかった最強の捜査機関

江副は2013年1月31日に東京駅で倒れ、人事不省のまま2月8日に息を引き取った。76歳だった。

いや、実際にはもっと前、52歳のときに日本という国に殺されていたのかもしれない。

日米欧を繫ぐ夢の実現に着手した矢先、思いもしない方向から飛んできた直撃弾によって、その社会的生命を撃ち抜かれたからだ。

江副に襲いかかったのは、捜査権(被疑者を逮捕・拘束し取り調べる)と公訴権(被疑者を裁判にかける)を併せ持ちほぼ百パーセントの有罪率を誇る“最強の捜査機関”東京地検特捜部だった。通常、事件は、警察官が捜査し、容疑者の身柄や証拠類を検察に送致して(送検)、検察官が事件を起訴するか不起訴にするか決める。しかし特捜部だけは、容疑者を拘束し取り調べ、起訴できるオールマイティな捜査機関なのである。