意識がはっきりしているうちに決める

——確かにそうですね。

うなずく私。動けるうちは動けなくなることなど考えたくない。私の母なども「動ける」ことを確認するために動いている節もあるくらいだ。

「私は自分で動いて、自分できちんと判断できるうちに準備しておきたい。自分の身は自分で処する。だから65歳でここに入居したんです」

現在、彼は伊豆にある介護付き有料老人ホームに住んでいる。入居金約3000万円で居室(2DK)と大浴場や図書室などの共用施設を終身利用できる。居室には緊急用コールや人感センサーが設置され、異常があればすぐにスタッフが駆けつける。

施設内の食堂を利用すれば食費は月約6万円(1人分)ほど。管理費や光熱費を含めると毎月、約15万円で生活できるという。

診療所も完備し、介護が必要になれば専用の居室への移転も可能。パンフレットによれば「ご家族や医師と綿密な連携をとりつつ、最後までご入居者本人の尊厳や意志を尊重した暮らしができる」そうで、まさに備えあれば憂いがないようなのである。

介護施設スタッフの横で絵を描く高齢男性
写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです

「きっかけは去年亡くなった母ですね」

小出さんが打ち明ける。

「5、6年前に認知症になりまして。それまでは保険証の番号まで暗記している頭のよい人で、私も『母には勝てない』とずっと思っていたんです。ところが、ある日突然わからなくなった。私のことを『近所のやさしいお兄さん』とか言い出したんです。あまりに突然のことで本当にショックでした。だから、私も意識がはっきりしているうちに決めなければいけないと思いましたね。子供に迷惑をかけたくないし、甘えたくありませんから」

小出さんは固い決心のようなのである。

資産のピークは定年になった時

——しかし、ちょっと早くはないですか?

不躾ぶしつけながら私はたずねた。備えが大切なのはわかるが、65歳はまだまだ若い。施設内を眺めても、入居者のほとんどは80代。颯爽さっそうと歩く小出さんは何やら施設のスタッフのようなのだ。

「それは裕福な人の考え方ですね」

——裕福?

貧乏人である私は目を丸くした。

「いいですか。我々庶民の資産のピークは定年になった時です。その後は年金しか収入がないので、長生きすればするほど資産は目減りしていく。80歳になってこうした施設に入ろうと思ってもお金が残ってないんです。我々庶民は退職金があるピークの時しか入居金を払うチャンスがありません。唯一のチャンス。これはタイミングの問題なんです」

グラフを描くように彼は熱弁をふるった。同施設の入居の条件には「65歳以上」とあるが、実は65歳がラストチャンスらしい。