人生の最期をどう迎えればいいのか。「元気なうちに移りたい」として、65歳で自宅から有料老人ホームに移った男性がいる。男性は妻と2人暮らしだったが、妻を自宅に残し、単身で施設に移った。なぜそこまで急ぐのか。ノンフィクション作家の髙橋秀実氏が聞いた――。

※本稿は、髙橋秀実『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

カフェでパソコンを開き仕事をする高齢男性
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「動けなくなってからでは遅いんです」

「問題は、自分が動けなくなった時にどうするのか、ということなんです」

小出順さん(66歳/仮名)にいきなりそう言われ、私は虚をつかれたような気がした。

正直にいえば、その「問題」について私は考えたことがない。昨今の60代の方々はとても活動的。むしろ体力を持て余しているようで、どちらかというと「動けること」のほうが問題ではないかと思っていたのである。

実際、知人の女性も父親の活動で悩んでいた。なんでも会社を定年退職した途端、毎朝、近所の山に登り、昼頃に家に帰るようになったのだという。まるで山に通勤しているようで、娘としては転んでケガなどしないかと心配でならない。大体、なんで山に登るんですか? と彼女は問題視していた。

考えてみれば、かつて日本には「うば捨て」という風習があった。60歳になると「六十落とし」「終命じゅんみょう」(『日本伝説大系』みずうみ書房 昭和57~平成2年)となり、山に捨てられる。しくも「姥捨て」は定年と同じ歳で、その歳を迎えると人は山に引き寄せられるかのようなのである。

「体が動くうちは、動けなくなった時のことなど考えないんです。でも、ある日突然、病気などで動けなくなる。そうなってからでは遅いんです」