脳はモノや出来事をどのように認識し判断するのか。名古屋商科大学ビジネススクール教授の岩澤誠一郎氏は「脳には直感で判断するシステムと、分析・推論して判断するシステムがあります。前者は労なく働いてとても便利ですが、時にとんでもない間違いを生み出すこともあります」という――。

※本稿は、岩澤 誠一郎『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

脳の二つのシステム-素早く立ち上がる「システム1」

【岩澤】ビジネスを行っていく中で、将来のことに関する意思決定をしなければいけない局面が出てきます。その際(おそらく多くの場合暗黙に、でしょうが)、皆さんは将来起こり得るいくつかのイベントを想定して、そのうちイベントAが起きる確率は50%、イベントBが起きる確率は30%といったかたちで、それぞれのイベントの確率評価を行っているはずです。

人間はこうした確率の評価をどのように行っているのか? それは正しく行われているのか? 間違っているとするとどのように間違うのか? こういう問題を議論していきます。

実は、人間は確率の判断がとても苦手なのです。講義を通じて、皆さんにそのことを噛みしめていただきたいと思っています。

ところで、これからの講義の土台になっているのは、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーという二人の学者による研究の成果です。この二人は心理学者として、人間の経済的な意思決定に興味を持って研究を進めました。

その結果、人間の現実の意思決定や行動は、伝統的な経済学が想定するような「ホモ・エコノミクス」-自分の利益を最大化するように合理的に行動する人間-の原理で説明できることばかりではないことを示しました。これは経済学においてとても大きな衝撃で、カーネマンはその功績により2002年にノーベル経済学賞を受賞しました(トヴェルスキーは1996年に死去したので共同受賞はできませんでした)。

脳の「速いシステム」と「遅いシステム」

カーネマンたちの議論の土台にある考え方は「脳のデュアル・システム(二重過程)」と呼ばれるもので、人間の認識・判断のシステムは「速いシステム」と「遅いシステム」の二つから構成されている、というものです(図表1参照)(※1)

たとえば私が今、窓の外を見たとします。そうすると、まずは外の明るい雰囲気が伝わってくる。そしてそれが見慣れた東京駅丸の内口の光景であると感じます。このあたりまでは非常に「速い」認識なわけです。

一方、その東京駅の光景の中に人が何人いるのだろうと考えるとします。それは時間のかかることで、こうした思考に対応するのは脳の中の「遅い」システムなわけです。

人間の認識・判断のシステム2
出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

脳の中の「速いシステム」は、知覚、感情、直感といったことにより動かされるもので、これを「システム1」と呼びます。「システム1」は立ち上がりの速いOS(オペレーティングシステム)みたいなもので、努力しなくても、自動的に素早く立ち上がってくれます。

一方、もうひとつの部分は分析や推論といった脳の活動に伴って動くもので、「システム2」と呼ばれます(※3)。「システム2」の立ち上げには労力が必要で、集中してコントロールしていないと動かない、しかもゆっくりとしか立ち上がらないという特徴があります。