かつては涙なしに父親の思い出を語れなかった林医師だが、今は父親と過ごした日々を懐かしみながら話す。

奥野医師は「残された者の役割は語り継ぐこと」と悲嘆にくれる人に言う。

「さまざまな人が故人の言動を語るうちに、その人の新たな一面が見えてくる。人間は『死んだ後にこの世に生きた証しがほしい』と言いますよね。あの人はこう話した、こんなことをしていたと語り継ぎ、思い続けることは、故人の遺志を継いだ証しになります」

後悔がない死別はない、自分を責めないで

それは残された人の癒やしにもなる。悲しみからの回復には、亡くなった人を頭の中に置き、会話を思い出すことが重要だ。「なぜ私を置いて死んでしまったの!」など故人への怒りがあるなら、その気持ちも吐き出そう。

「日本人には悲しみを乗り越える、克服するなど、自分の感情が“平らであることをよし”とする風潮がありますが、喪失とともに生きることで苦しんだり、思い出して笑ったりすることで、故人との一体感が得られ、気持ちの変化が出てきます」(奥野医師)

ただし、そのときに「こうしてあげればよかった」と自分を責めることのないように。「後悔」が全くない死別などないのだ。

「愛する人を失ったときは非日常の世界。普段から相手の死を意識し、そのときへの対応ばかり考えて生きているわけにはいきません。だから、自分のせいで病気になったのではないか、早く死なせてしまったのではないか、ふさわしくない治療をさせてしまったのではないかという後悔はしなくていい。残された人のせいではありません。自分は残念だったが故人はいい人生だったと思っているかもしれない」(同)

仕事を続けながら介護に関わった場合、自分が仕事を辞めていれば故人はもっと楽に過ごせたのではないかという後悔が起きやすい。

奥野医師は「本人の考え、医師との関わり、経済状況……残された人は、いろいろな要因の中でベストな選択をしてきたと考えて」と語りかける。その通りだ。

残された人は自らの対応を責めるのではなく、故人を思い出し、語り継ぐこと。お盆では墓参りや迎え火をしながら、会ったことのない先祖にも思いを馳せたい。「あの世」と「この世」は案外近い。肌でそう感じることが、悲しみからの救いになるかもしれない。

周囲に悲嘆にくれる人がいたら───
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