「いいものを安く」は時代錯誤の妄想だ

このままだと日本がデフレから脱却するのは困難です。私がこう分析すると、「物価が安くてもいいじゃないか。日本はいいものを安くつくって成長してきた国なのだから」と反論されることがあります。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。

日本では、なぜか高品質・低価格が美徳とされる風潮があります。たしかに人口が増えている時代ならば、価格を下げることによって新しい需要が喚起されて、単価が下がる以上に数量が伸びて、企業の売り上げも増えました。しかし、人口が減っている時代にこの公式は通用しません。価格を下げればそのまま経済が縮小するだけで、何もいいことはありません。「いいものを安く」がうまくいく時代は、もうとっくに終わっています。

そもそも「いいものを安く売っている」というのも日本人の妄想ではないかと思うことがあります。たとえば観光業界では、「アパホテルは顧客満足度が高くて、いいホテルだ」と言われます。でも、それは「あの値段にしては満足度が高い」というだけで、ホテルオークラやリッツ・カールトンより高品質なわけではない。町のフレンチレストランも同じです。数千円でおいしいものを食べさせてくれる店は多いのですが、あくまでも「値段のわりに頑張っている」だけで、トップクラスの争いで勝てるかどうかは疑問です。

本当に「いいものを安くしている」のならば、価格を上げてもやっていけるはずです。なかにはそのような商品があることも承知していますが、それはエピソードベースの話で、ごく一部にとどまります。ほとんどの商品は、値段相応、あるいは値段よりちょっといいというレベルです。

日本は、高品質のものを低価格で提供しているすごい国だ──。その妄想から抜け出して現実を見つめないかぎり、日本は高付加価値のものを生み出せないでしょう。高付加価値のものを生み出せなければ企業の生産性は低いままだし、人口減の時代に成長することも不可能なのです。

では、本当に高品質なものをつくって、それにふさわしい価格で売るにはどうすればいいのでしょうか。

注目したいのは、経営者の能力です。思い切り敵をつくる発言をしますが、日本には能力の低い経営者が多すぎます。本来、経営者としてふさわしいレベルに達していない人が経営をするから、人件費を削って価格を下げるという安直なやり方を選んでしまうのです。

そんなレベルの人が経営者になれるのも、中小企業の数が多すぎるからです。日本の企業数は約360万社。つまり日本には360万人分の社長のイスがある。明らかに多すぎで、その気になれば誰でも座れます。

問題は、上から数えて1000番目の経営者と360万番目の経営者では、能力が圧倒的に違うことでしょう。企業の数が増えるほど、経営者の質は低下します。高い付加価値を生み出したいなら、お金や人といった経営資源は、上位の優秀な経営者のもとに集めて活用させるべきです。観光業界なら、星野リゾートの星野佳路さんのような優れた経営者に資源を集めたほうが、高品質・高価格のホテルをつくれる。下位の経営者に資源を使わせるのはムダ遣いであり、日本経済の足を引っ張るだけです。