ここで興味深いのは、選択肢がAとCだけの場合、安いAを選ぶ人が多いのに対し、誰も選ばないBが選択肢に入ると、値段の安いウェブ版よりセットを選ぶ学生が多かったことです。プランAとCの相対的な評価が、Bの有無に影響を受けたこの現象は、「フレーミング効果」(文脈効果)と呼ばれています。この効果を利用し、出版社はプランBを「おとり商品」として提示することで、より高価なセット版の販売を増やすことができます。

これは寿司やうなぎを注文するときを考えるとわかりやすいでしょう。お品書きに「竹・梅」の2種類しかない場合、安いほうの「梅」を選ぶ人が多いと思います。ここで店側が「竹」の注文を増やしたいとき、おとり商品として高価な「松」を用意すると、人は「竹」を選ぶ傾向があります。これは人が極端を回避したがるためで、選択肢が3つあると、真ん中を選ぶ傾向があるのです。松は贅沢だし、梅だとさびしいので竹を選ぼうという思考です。しかし、賢い消費者は店側の戦略に安易に乗せられず、見極めることが大切です。実際は梅のほうがお得かもしれません。

「無料サンプル」「端末代無料」「入場無料」になぜ惹かれるか

人は「無料の魔力」に弱いものです。旬のサンマが食べたいとき、スーパーで1尾100円で売っているのに、無料だからとサンマ祭りに出かけて3時間も行列に並びます。ほかにも無料お試し期間(その後は通常価格になる)、携帯電話の端末代無料(月額使用料に含まれている)、入場無料(アトラクション代は結構な金額になる)にひかれるのはその典型例です。

東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠氏

人はなぜ「無料」にひかれるのか。理由の1つは、負の価値をもたらす「損失」を完全に回避できることにあります。タダ同然の10円で買った商品でも、気に入らなければ悔しい気持ちになりますが、無料ならばリスクゼロで経済的損失がないため気になりません。2円の商品が1円引きになっても人の反応はあまり変わりませんが、1円の商品が0円になると、それは金銭と引き換えに得る「経済的」モノではなく、「無料」という特別なカテゴリーに入るため、人は別の感情を抱き行動する傾向があります。つまり0円と1円には1円以上の意味があるのです。

ただ一方で、無料は損失を完全に回避できますが、それを選択することで何かを失っている可能性もあります。先ほどのサンマの例では、お祭りの雰囲気を楽しむのであれば3時間並ぶのもいいでしょうが、単にサンマが食べたいだけならば、スーパーで購入し、並ぶ時間を有意義に使ったほうがよいと思いませんか。つまり「機会損失」をよく考えて意思決定することが重要だということです。