エミリー・プリンス<br>
大きな展示会場の壁全体をアメリカの地図に見たて、戦死した人々の出身地に似顔絵のIDを貼った作品。
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エミリー・プリンス 大きな展示会場の壁全体をアメリカの地図に見たて、戦死した人々の出身地に似顔絵のIDを貼った作品。

美しい青い画面に刺繍されたドクロ。作品から離れて眺めてみると、スワロフスキーのビーズの輝きが眩しい作品。これはアンジェロ・フェロメノの作品で、ある種、西洋美術の伝統的な構図や色づかいを持った作品です。また、パオロ・カネバッリの映像作品。よく見ると子供がスラム街でサッカーに夢中になっている。そのサッカーボールが頭蓋骨であることに気づき驚く。ドクロの登場の仕方も最近は、非常にエグイと言っていいでしょう。

さらに、ドクロではないのですが、28才、アメリカ人のエミリー・プリンスの作品。イラクへ派兵されたアメリカ軍人のIDの似顔絵を小さいカードに描き、それをアメリカの地図の上に配置した作品です。私達はニュースで「すでに戦死者の数は4000人を超えました」と耳にしているわけですが、この作品ではそれがビジュアル化されていて、なおかつ一人一人の似顔絵を見、描かれた紙の色はそれぞれの肌の色を示していることに気づかされます。このような作品は、死そのものを作品化していて、遠く離れた死であっても、具体的な情報であるために、見ている人も口数が少なくなるし、笑顔も消えてしまっています。

エミリー・プリンス<br>
イラクへの派兵で戦死した人々は、それぞれに家庭があり友人があったことがわかる。その死亡年齢の若さには絶句。
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エミリー・プリンス イラクへの派兵で戦死した人々は、それぞれに家庭があり友人があったことがわかる。その死亡年齢の若さには絶句。

一方、江戸時代の日本の絵画にも、ドクロは登場しています。例えば、有名な川鍋暁斎の「地獄太夫」。誘拐された女性があまりに美しかったために、遊女に売られ、その名も「地獄太夫」と呼ばれた室町時代の実在の人物をモデルにしています。この絵には、一休和尚が登場しますが、彼はドクロが弾く三味線の音をバックに踊っている姿で描かれます。それは、自分の身を嘆き「これも前世の不信心ゆえ」であると懺悔の心を込めて自ら「地獄」を名乗った太夫を、一休禅師が慰めたという逸話の絵画ですが、腹を括った太夫の周辺で、三味線を弾き、踊るドクロの姿は、まさに「メメント・モリ」を訴えているかのようです。

それにしても、日本人アーティストのセンスには驚くとともに、300年も前に、こうしたある意味、ポップで深い絵画が描かれたことに感動します。

今の時代は、平和であり、有難いことに長く平和が続いている日本人は、時々「平和ボケ」と自ら呼んだりします。しかし今日と同じ日は二度とないのです。また、アーティストが死をそのテーマに扱う時こそ、自分が毎日、どう生きているか、が問われると思います。「死」を考えることは「生きる」ことを考えること。そしてドクロの流行は、毎日、真剣に生ききるために、「死」を身近に置くことが必要になっていることの現れなのです。