また、ニューヨークのブルックリン美術館に併設されているブックショップをチェックしていて、ミュージアムの大きなカタログの2ページ目に、鈴木涼子さんの作品を発見した時も、びっくりしました。札幌在住で、写真を表現に使いながら、現代社会の中に浮かぶさまざまな問題を表現しているアーティストですが、けっこう長い付き合いがあって、常々「札幌から早く飛び出して活躍の舞台を海外にした方がいいのになあ」と思っていたからです。

鈴木涼子「Rituko-Takumi from the Series Mama Doll」(2004年)/鈴木涼子「Britta-Benjamin from the Series Mama Doll」(2005年)母親と少年の肖像を合体させ、親子の絆と父親が不在を表現。
鈴木涼子「Rituko-Takumi from the Series Mama Doll」(2004年)/鈴木涼子「Britta-Benjamin from the Series Mama Doll」(2005年)母親と少年の肖像を合体させ、親子の絆と父親が不在を表現。

彼女の作品は、母親と娘や母親と息子(12歳以下)の写真を合わせて、中間の人間のポートレートを出現させたり、秋葉原で売っているようなアニメーションフィギュアに本人の顔を挿げ替えてしまうエロティックな作品です。前者では、かつては家庭の中心にいた父親が現代日本では不在がちになり、「一卵性母子」と表現されるような母と娘あるいは息子が精神的に密着している状態を、不思議な合成写真で表現しています。特に、娘の場合は結婚しても夫よりも母親との関係が心地よいと感じるような家族関係という、現代の日本の問題を提起しています。

アニメーションフィギュアコラージュ、略してアニコラの作品では、日本の秋葉原から発信されるポップカルチャーの中に流れている「エロス」をたった1つの作品で、表現しています。それは顔がアニメであったら気付かないのに、鈴木涼子という生身の表情があることによって、スカートの短さや体型の中で胸だけが極端に協調されていることがはっきりしてしまう、隠されたものが見えてくる作品となっています。

澤田知子さんや鈴木涼子さんといったアーティストの名前や作品は、日本国内ではまだ知名度が高いとは言えませんが、海外から日本を訪問し、秋葉原や渋谷、原宿などを楽しめる多くの外国人にはダイレクトに通じる何か、つまり日本のポップカルチャーの面白さが彼女達の作品には含まれていると思います。国境だけではなく女性であることのハンディまでも、若い世代の女性アーティストは軽々と越えてしまっているのです。