LINEがスマホ決済の「LINE Pay」で、赤字前提となる還元策を次々と打ち出している。狙いはどこにあるのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「真の目的はLINEを起点として、生活サービス全般を支配する巨大なエコシステムを構築することだ」と解説する――。

※本稿は、田中道昭・牛窪恵『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか? アマゾンに勝つ! 日本企業のすごいマーケティング』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
2019年6月27日、LINE株式会社が開催した事業戦略発表会「LINE CONFERENCE 2019」後の質疑応答に出席したLINE Pay株式会社の長福久弘COO(右端)

「既読」は安否確認のために生まれた

コミュニケーションアプリとしてのLINEは、2011年6月にスタートしています。その普及速度はめざましく、サービス開始から半年でダウンロード数は1000万を突破。また利用率も、12年には20.3%、13年には44.0%、15年には60.6%に達しました。そして現在は、18年12月期決算において月間アクティブユーザーが1億6400億人、日本国内に限っても7900万人に達していると発表されています(総務省情報通信政策研究所「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」)。

これほどの爆発的な広がりをもたらしたものは、一体何なのでしょうか。もちろん、外部環境もあります。一つには東日本大震災です。

「TwitterなどのSNSの台頭によって、趣味嗜好を共有する『見知らぬ仲間』とネット上でつながる動きが広まり始めていた一方、肝心の家族やリアルな友人知人とつながる手立てが実は限られていたことに皆が気付いたきっかけだったと思います」(「type」2018年3月29日記事より LINE株式会社LINE開発1室・熊井隆一氏)

そう考えると、時に疎ましく思われる「既読」機能も、「万が一のときの安否確認に」というきっかけで生まれたサービスであることがわかり、納得がいくのではないでしょうか。

スマホと一緒に普及していった

もう一つ、外部環境としてスマホ自体の普及を挙げないわけにはいきません。アップルのiPhoneは2007年、グーグルのアンドロイドを搭載したスマホは08年に誕生しました。この08年をスマホ時代の始まりとしましょう。現在のスマホ普及率は約8割。総務省の「通信利用動向調査」によると11年時点の国内のスマホ個人保有率は14.6%に過ぎませんでした。これが16年には56.8%と、5年間で約4倍に上昇しています。

このとき、LINEは競合に先駆けていち早くスマホに対応。これが奏功し、LINEはスマホと足並みを揃えるようにして普及率を急速に高めたのです。結果、スマホ所持者はほぼ全員LINEをインストールしている今日の状況が生まれました。

しかし、外部環境の後押しのみでは、キャズム越えを果たすことはできません。リリースからわずか1年強というスピードでのキャズム越えの背景には、LINEによる周到な差別化戦略と類似化戦略がありました。

「無料で文字と写真を送れるメッセージングサービス」というだけなら、同じ携帯キャリア間で実現していたのです。その意味で、LINEは圧倒的な先行者というわけではありませんでした。しかしスマホアプリによって、キャリアを越えて実現させたことが、まずは差別化要因になりました。

また、スカイプなど無料で通話できるPCサービスがあったなか、いち早く「アプリさえインストールすればいい」というシンプルな形でスマホ対応したことも、LINEの普及を後押ししました。