日本人は、流行の服が安く手に入るファストファッションが大好きだ。しかしそれでいいのだろうか。ニューヨークコレクションデザイナーとして活躍し、現在は日本で美容学校を運営するアケミ・S・ミラーさんは「ファストファッションのデザインは特徴がなく、目立ちたくない日本人にとって良くも悪くもフィットしています」と指摘する――。(第5回、全5回)
大阪・心斎橋に並ぶ「ZARA」「H&M」などファストファッションのビル=2013年12月4日(写真=時事通信フォト)

90年代後半を最後に消えた「デザイナー」

日本のファッション業界は、ユニクロやゾゾタウンなどの台頭で、時代の転換点にあると世間では言われています。しかし1995年あたりから既に時代は大きく切り替わっているのです。それに比べれば昨今の変化は微々たるものにすぎません。

1990年代後半とは、コレクションのファッションデザイナーが活躍していた最後の時代でした。ニューヨークでは、ダナ・キャランやカルバン・クライン、ラルフ・ローレンを最後に、それ以降はデザイナーといえる存在が育たなくなったのです。

デザイナーは、年2回のコレクションを制作し、さまざまなかたちで作品を発表します。卸を中心としたビジネスの他に、ブティックを運営したりするための費用として、年間5億円ほどのお金がかかります。

かつては、投資家たちがパートナーになりデザイナーに投資をし、将来の利益の還元とともに個性の強いオリジナルな洋服を製作することで、時代を一緒に作るという文化がファッション業界にはあったのですが、気が付けば市場は変わってしまいました。多くの変化がありましたが、デパートや資金力のある大量生産のメーカーが洋服の仕入れをしなくなり、さもデザイナーが制作したような洋服を自社で作るようになりました。

見た目だけ良い既製服に勝てなくなった

売値を半額以下にした分、素材やパターンは私たちデザイナーが使っていたものではありません。着心地やシルエットは全く本物に及ばないですが、見た目はそれらしくしているので、手軽に購入できるこういった商品を求める人の方が多くなってしまいました。

その影響から、高級ラインのブランドの洋服が売れなくなり、投資家たちもファッションデザイナーに対し、大きな投資をしなくなりました。デザイナーは生き抜くために、今までのコレクションのデザイナーからジーンズのデザイナーになったり、メトロポリタンオペラの衣装デザイナーになったり。私にもハリウッドの著名な監督から、「こちらに来て、映画の衣装デザイナーにならないか?」という話もありました。

私は東京時代、ニューヨーク時代ともにファッションだけでなく、メイクアップも取り入れたトータルビューティーを早くから提唱しており、その頃から美容のスクールも立ち上げていました。ですから「デザイナーなのに美容も関わるの?」とよく言われていました。しかし今は、ダナ・キャランやカルバン・クライン、アルマーニなどのデザイナーたちがそれぞれ香水や化粧品部門を作り、当たり前のように商品展開しています。やっと私のコンセプトに皆が追い付いてきてくれたということでしょうか。