女性役員の役割に悩んだことも

冷や汗が流れた。理由は機材トラブル。プレゼンは締めがないまま尻すぼみに終わり、役員たちのテンションも心なしかダウン。結局、映像鑑賞は日を改めて行われたが、庭崎さんは上司の指摘を素直に受け止め、機材チェックにまで気が回らなかった自分を猛省した。

プレゼンでミスはあったものの、「セイコー M」自体は社内で面白い商品だと言われ、大都市圏を中心に発売。女性向けには珍しい豊富な機能と、ダイヤを贅沢に使ったベゼルが強列な印象を残し、業界でも驚きを持って迎えられた。

この経験を経て、庭崎さんのキャリアは大きく広がる。3年後には、またしてもまったく違う畑の広報宣伝部に異動し、商品企画で培ったマーケティング力や「本質を見る力」を発揮して部長に昇格。同じ年、セイコーホールディングスグループの小売部門である「和光」の取締役にも就任する。

取締役の役割って何だろうと悩んだこともあったが、これで次のステップへの心構えができたのかもしれない。2年後、セイコーウオッチで女性初の執行役員になり、さらにその2年後には取締役に昇格した。

「役員として悩んでいた時、相談したOBに『常に自分のポジションより1つ2つ上の視点で考えろ』と、懇々と言われたんです。それは今も心がけていますね。また、男性中心の会社は組織が縦割りになりがち。縄張り意識からくるのかもしれませんが、その点、女性は比較的柔軟で、垣根を越えることにもあまり抵抗がありません。だから、私の役割はあちこちに働きかけて、組織に横軸を通すことなのかなと思っています」

「グランドセイコー」真の魅力を世界へ発信

振り返ると、いつも周りに助けられてきたという庭崎さん。執行役員になって半年後、足首の骨折で入院したときは、上司のさりげない心遣いに助けられた。こんなに休んでは皆に迷惑をかけてしまうと焦っていたが、上司は仕事とはまったく関係のない、他愛ない内容のメールを送ってきてくれたのだ。

「昨日見たテレビ番組の話だったかな(笑)。何だかホッとして、焦らなくていいんだと気が楽になりました。自分も、部下にこうしてあげられる上司になりたいと思いましたね。会社は1人ぐらいいなくてもどうにか回るもの。自分が背負わなきゃなんて思う必要はないと実感しました」

現在は、社を代表する高級ウオッチ「グランドセイコー」の世界展開に取り組む。このウオッチの確かな品質や端正な美しさを支えているのは、職人たちの情熱にほかならない。細部に宿る揺るぎない職人魂を、日本のモノづくりの繊細さを、世界中に伝えていきたい──。庭崎さんもまた、商品の魅力を発信することへの情熱を胸に奮闘を続けている。

■役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉
誰とでも等距離
「好きな言葉というより信条ですね。部下にも上司にも同じ距離感で接するよう心がけています」

Q 趣味
旅行
「3日あるとどこかに出かけます」

Q Favorite Item
出張道具
「モバイル3点とポケットに入るサイズの財布、アクセサリートレイ、文字盤などを見るキズ見は必ず持っていきます」

 
庭崎 紀代子(にわさき・きよこ)
セイコーウオッチ 取締役常務執行役員 マーケティング統括本部長
1986年、日本女子大学文学部卒業。服部セイコー(現・セイコーホールディングス)に入社、宝飾部でライセンスジュエリーを担当。2001年、ウオッチ部門(現・セイコーウオッチ)に異動。商品企画部、広報宣伝部を経て2013年に執行役員、2015年に取締役執行役員に就任。2018年より現職。

文=辻村洋子 撮影=強田美央