ニューヨークの5番街にあるトランプタワー。歌手のマドンナも審査に落ちたという世界有数の超高級マンションに、どうすれば住むことができるのか。唯一の日本人として居住した経験をもつアケミ・S・ミラーさんが、その経験を語る――。(第1回、全5回)

100人中99人は入居できない“VIP”タワー

マンハッタンの5番街にあるトランプタワー=2016年11月11日、ニューヨーク(写真=ONLY FRANCE/時事通信フォト)

初めまして。私はアケミ・S・ミラーと申します。現在は大阪に住んでいますが、かつてニューヨーク、マンハッタン5番街のトランプタワーに1992年から95年にかけて住んでいました。その後もトランプ氏所有の別のコンドミニアム、トランププレイスに長い間住みました。

さて、私はよく周囲やマスコミから「どうやったらトランプタワーに住めるのか」と聞かれます。たしかに、私以外の日本人でトランプタワーに住んでおられた方は存じておりません(※)

※編集部注:元メジャーリーガーの松井秀喜氏がトランププレイスに居住したことはある。アケミ氏以外に5番街のトランプタワーに住んだことのある日本人について、タワーを運営する「トランプ・オーガナイゼーション」に質問状を送付したが、期限までに回答は得られなかった。

それもそのはず。トランプタワーに住みたくても、100人中99人は審査で落とされると聞いています。世界的なアーティストでも入居を拒否されたという噂もありました。それでは、私がどうやってそのトランプタワーに住むことができたのか、お伝えしたいと思います。

きものの可能性を求め、身一つでニューヨークへ

NYコレクションのファッションデザイナーとしてニューヨークで25年間活動してきた私ですが、渡米する前は東京できもののデザイナーをしていました。20代からきものデザイナーとして5つのブランドのライセンス契約を京都の3社のメーカーと結び、男性社会だったきもの業界では異端児って呼ばれていました。

それまでは鳥居のような衣桁(いこう)に掛けて図案化していたきものを、私は身体にまとうことによっての図案に変えていったのです。女性だからこその考えです。

幼少の頃からきものに接する環境でしたが、「きものって日本の文化だ」という気持ちがずっとありました。そこから、きものは日本人の和装として着たい。でもそれをデフォルメして“きるもの”として現代に生かしたい。懐古趣味のきものまがいではなく、シャネルの横に立っても引けを取らないドレスを、きもののイメージを残したまま創れないか……。

それを実現したくてニューヨークに渡ったのが、89年のこと。マネージャーと2人で、作品だけを持って飛び込みました。23歳の時に東京で設立した会社が軌道に乗って大きくなりかけていた時でしたが、それを東京に置いたまま行きました。何のツテも、家も、就労ビザもなかったのですが、作品に自信があったので全く怖くはなかったです。

日本での実績もあったから、自分がどれくらいやるかは分かっていました。反面、手や足の1本ぐらい無くなっても仕方のない事をしているとも思っていましたよ。