ドン底のJAL社員一人ひとりに声かけ

経営破綻に陥った日本航空(JAL)再建のため稲盛和夫さんが会長として着任したのは2010年2月1日のことだ。私自身20年近く、秘書として稲盛さんに仕えた関係から「私の考え方が一番わかっている君がついて来てくれないか。意識改革を主に担当してほしい」といわれ、ご一緒することになった。

JAL元会長補佐 大田嘉仁氏

着任初日、稲盛さんの意向を聞くと「とにかく現場に行きたい」と即答される。私も同感だったので、翌2日目には早速、羽田空港の職場を訪問した。社員との対話の場面だ。本社からも大西賢社長(当時)ほか数名の幹部が随行し、手短に状況を説明。そして「すぐに全員を集めます」という。だが、稲盛さんは「とんでもない」と、すぐに現場に入り、みずから机の間を回り「大変ですが、私も頑張りますから一緒にやっていきましょう」と一人ひとりに声をかけていく。社員が恐縮して立とうとすると「邪魔をしてごめんね。仕事を続けてください」と笑顔で話す。

超多忙なことを考えれば、非効率で一番面倒くさいやり方だ。20以上年下の私でも一緒に歩き回るだけでも疲れた。しかし、それを自然にできるのが超一流の流儀といっていい。目の当たりにした社員は、五感で「すごい!」と感じたはずだ。そこにいた経営幹部も驚いたと思う。はからずも「社員を大事にするとはこういうことだ」という手本になったに違いない。

文字どおり“言行一致”そのものだった。その効果は抜群で、噂はすぐに社内のすみずみまで広まった。当初は「功成り名を遂げた経営者がお飾りで来る」と冷めた目で見ていた社員たちの気持ちが「稲盛会長は違う」と変化し、実際に接した人は稲盛さんの愛情を感じ、感激したのである。

もちろん、負債総額2兆3000億円余り、事業会社として戦後最大の倒産ということを考慮すれば、再建そのものは厳しい道のりにならざるをえない。その再建を、稲盛さんは、フィロソフィとアメーバ経営で、しかも「3年間でやり遂げる」と公言していた。スピードが何より大事になる。

まず目指すのは、「アメーバ経営」の導入である。会社を小さな独立採算の組織に分け「売上最大、経費最小」を掲げた全員参加の経営がJAL再建の成否を握る。それには、稲盛さんから私に任された意識改革が不可欠になる。

私は、まずリーダー教育とJALフィロソフィの作成に力を入れた。前者は幹部対象で、着任4カ月後の6月にほぼ毎日17回にわたって行った。稲盛さんの経営哲学をどうしても理解してほしかったのである。稲盛さんにも無理をお願いし、5回講義してもらった。当初、一部の幹部からは「こんなに時間を取られたら安全が犠牲になる」といった苦情も出る。しかし、稲盛さんの鬼気迫る講義は、そんな彼らの意識をあっという間に変えていった。