テルマエ・ロマエ』などの作品で知られるマンガ家のヤマザキマリさんは、長年イタリアに住んでいながら「パスタぎらい」を公言している。一方、日本のイタリア料理は、イタリアの友人たちに勧めたくなるほど好きなのだという。なぜなのか――。
撮影=遠藤素子

パスタは貧困時代のほろ苦い味

――新著『パスタぎらい』では、若いころにパスタを食べすぎて嫌いになってしまったと書かれていますね。

好きで食べていたんじゃなくて、貧乏学生でお金がなかったので、パスタしか食べられなかったんです。向こうでは一番安上がりな料理で、一食20円ぐらいで作れます。

せいぜいがんばってもトマトソースパスタですかね。トマトの水煮は1缶50円くらいで買えるから何とかやりくりできるんだけど。私は、もうここ何年もトマト味のパスタは食べていません。日本のナポリタンは大好きですけどね(笑)。家でも、夫は私の隣でおいしそうにトマト味のスパゲティとかを食べていますが、それを見ていて「うわあ、わたしにも一口」っていうのは全くないです。

イタリア映画でも、古い時代の貧しかったころを思い出す回想シーンで、トマトパスタが出てくると「もうトマト味はたくさんだ!!」とお父さんがキレたりするシーンがある。トマト味のパスタというのは、実はイタリアでは質素さや貧しさを象徴していたりもするんです。

イタリア人も認める日本の「イタ飯」

私たちは、パスタに対して「日本に伝来したすてきな洋食」という意識を持っているけど、それはまるで海外ですいとんが普及して、誰しもが「すいとん、おいしいよね!」と言っているような感じでしょうかね。あ、でもすいとんは大げさだな(笑)

日本では、どうもイタリアの食文化のそういう部分がしっかりと伝わっていない。イタリア料理にもさまざまなバックグラウンドや側面があるんですけどね。おいしければそれでいいというのもありますけど。

ちなみに、日本では多くの人が私の顔を見ると、イタリア料理しか食べないと思ってしまうようで、接待などでイタリア料理屋を用意されることがよくあります。「イタリアに暮らすヤマザキさんが紹介するようなイタリア料理だから絶対おいしい」と言うんだけど、私が日本にいる間、自ら欲してイタリア料理屋に行くことはほぼありません。

とはいえ、日本のイタリア料理はおいしいと思います。イタリアってやっぱり雰囲気のよさや、風光明媚(めいび)なレストランで食べることがおいしさに加えられている。視覚効果というか、妄想力も膨らんでおいしさを演出してくれますが、日本だとそれが許されないので、味覚だけの一発勝負になるのかもしれない。だからこんなに味も究められるのかも。

日本へ来たことのある私の親族は、友人が日本へ行くというと「日本では必ずイタリア料理を食べなさいよ、すごくおいしいから」と勧めていますよ。駐日イタリア大使ですら「日本のイタリア料理はピザでもパスタでもなんでもおいしいね」とおっしゃっていました。