日本人の多くは中高で6年間も英語を勉強しているが、いざ外国人を前にするとまったく喋れない──そんな日本人を外国人はどう見ているのかアメリカの第一線で活躍してきた日本人と日本で長く活躍するアメリカ人に対談してもらった。

日本人の多くは、英語でのコミュニケーションを不得手としている。英語表現には存在しない「カタカナ英語」を気づかずに用いてしまったり、ガラパゴス化した日本のビジネスマナーで相手を困惑させてしまったり。英語教育を受けているはずの日本人が、なぜ英語を使えないのか。どのような表現が自然なのか。

25年にわたってニューヨークでビジネスを続けたファッションデザイナーのアケミ・S・ミラー氏と、30年以上日本に暮らし、外国人初の国会議員秘書を務めたティモシー・ラングリー氏に訊ねた。

異国の地で数十年鍛え上げられた2人

【ミラー】私は25年間、ニューヨークでビジネスをしていました。当時はニューヨークコレクションのファッションデザイナーをしていて、ファッションやビューティケアなど、さまざまな事業を展開していました。博報堂アメリカなど日本の広告代理店のコンサルタントを務めたこともあります。ニューヨークでは15年間「トランププレイス」に暮らしていたこともあります。2013年、弁護士だった最愛の夫を亡くしたのをきっかけに帰国、現在は大阪でフェイスデザインのビューティースクール(Akemi S. Miller Beauty Studio)を開いています。

ラングリー・エスクァイア社長 ティモシー・ラングリー氏

【ラングリー】私は日本に定住して30年以上になります。初めて日本を訪れたのは少年のころ、当時米領だった沖縄に家族で数年間滞在しました。アメリカで高校・大学を出た後、日本語を学ぼうと、外国人の少ない東北大学のロースクールに入学しました。卒業後は外国人初の国会議員(中山太郎氏)秘書を務め、その後何度かアメリカと日本を行き来した後、村田製作所の貿易問題に携わったのを機に日本で企業の法務の仕事をするようになりました。

【ミラー】対談のテーマは英語ですが、私は英語は実践で覚えました。

渡米する前からアメリカンクラブでファッションショーをするなど、英語圏の人々と関わることが多かったんです。渡米にあたって「コミュニケーションをどう変えればいいか」と訊いたところ、いろんな人に積極的に話しかけていた姿があまり日本人っぽくなかったのか、周囲の外国人からは「そのままのあなたで大丈夫」と言われましたね。

渡米してからも、1年でニューヨークコレクションにデビューしたので、忙しくてとても英語学校に通う暇なんてありませんでした。