資産5億円以上の「超富裕層」のなかには、税逃れのため海外に移住し、悠々自適の生活を送る人たちがいる。しかし、彼らの一部は幸せを享受できず、「日本に帰りたい」とこぼす者もいるという。なぜなのか。実名ノンフィクション『プライベートバンカー 完結版 節税攻防都市』(講談社プラスα文庫)で、超富裕層の実態を描いた清武英利氏に聞いた――。

超富裕層は真っ先にシンガポールを目指す

――超富裕層の資金を本人にかわって運用する「プライベートバンカー」。本書は、そんなプライベートバンカーとして、元野村証券のトップセールスマンからシンガポール銀行に転職した杉山智一氏の悪戦苦闘を中心に描かれた、実名ノンフィクションの完結版です。

【清武】本書は、「2つの軸」が貫いています。1つは、大企業を飛び出した人間の成長物語です。

『プライベートバンカー』の舞台となったシンガポール

杉山さんは、野村証券から三井住友銀行、そして外資系銀行と転職を重ねました。野村証券でも三井住友銀行でも優秀な成績をおさめていたわけで、そのまま頑張っていれば少なくとも支店長にまで昇進していたでしょう。その人生だって十分魅力的なはずなのに、あえてチャレンジして、異国の地に身を投じた。

たしかに、トップセールスを記録したとはいえ、仕事に疑問を持って会社を離れた杉山さんは、日本的な企業文化から判断すれば、出世の王道からそれている。でも、作家としての私は、トップランナーよりも、抗う人生のほうに惹かれてしまう。彼はいわばレールから外れた冒険物語の主人公なんです。そして成長の舞台となる、シンガポールという土地がまた興味深い。

オフショア、つまり外国人に対して、租税環境を優遇している国や地域は、マカオや香港などいくつかあります。中でも、日本の超富裕層が自国の税制から逃れるために向かうオフショアの代表格が、シンガポールでした。

そこで生きる超富裕層の実態もまた、本書のもう1つの軸です。

顧客の資産は30億円以上

――バンカーの激烈な仕事ぶりはもちろん、本物の大金持ちの人生、具体的な資産運用や相続税対策、そして税逃れを取り締まろうとする国税庁の暗闘……読みどころ満載の1冊です。

【清武】取材が終盤に差し掛かった当時は、パナマ文書の問題が世間を騒がせており、資産家や大企業の税逃れに注目が集まっていました。では、やり玉に上がっている超富裕層とはどんな人たちなのか。その疑問を知っているのが、彼らの資産を実際に運用するプライベートバンカーだったわけです。

まず確認しておくと、富裕層と呼ばれるのは、不動産などを除いた資産を1億円以上保有する人たち。対して、超富裕層とは5億円以上の金融資産を持っている人たちのことを指します。