「債務不履行」による損害賠償の請求が可能

商行為の契約内容は、当事者間の合意があれば自由に決めていいのが原則だ(契約自由の原則)。ところが、いったん契約を結んでしまえば、ともに契約履行の義務を負い、違反したら訴訟によって履行を迫られるケースもある。さらに、判決が出たのに従わないと、執行官によって契約履行(代金の支払いや仕事の完遂など)を強制される。強制執行に抵抗した場合は、強制執行妨害罪(刑法96条)で警察に逮捕される恐れもある。契約とは、それだけ重いものだ。

図:「口約束」と軽く考えてはダメ! 社会的信用の失墜で、会社消滅もあり!?
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図:「口約束」と軽く考えてはダメ! 社会的信用の失墜で、会社消滅もあり!?

書面を取り交わすだけが契約ではない。口約束だけでも契約が成立するし、さらに契約が成立しなくとも、契約締結上の過失があったとして責任を問われるケースがある。例えば、「歯科診療所をつくる」と説明し、マンション購入の交渉を進めていたものの、最終的には購入しなかった歯科医に、売り主に期待を抱かせ余分な投資をさせたとして損害賠償を命じた判例がある(歯科医電気容量事件、最高裁・1984年9月18日)。

では、「納期の大幅な遅れ」「発注の取り消し」などの契約違反が発生したらどうなるかを考えてみよう。まず受注サイドで発生する「納期の大幅な遅れ」について。民事上のペナルティは、(1)納期が遅れたという債務不履行による相手方への損害賠償(民法415条)、(2)契約解除(同540条)、(3)契約の完全実現(同544条)、のいずれかを要求される。このほか、契約に特別な定めがあれば、それに基づいた責任を追及される。深刻なトラブルに発展した場合は、「同時履行の抗弁権」(同533条)を用いて、代金を受け取るまで納品しないと主張することもできるが、これは両者の信頼関係が損なわれてからの対応だ。

景気悪化で頻発していると思われるのが「発注の取り消し」。民事上のペナルティは、債務不履行に基づく損害賠償を請求されることだが、これには(1)通常損害、(2)特別損害の2つがある。ここでの通常損害とは、取り消しを通告した時点までにかかった費用だけを対象とする。他方、特別損害は、仕事が完遂したときに得られたはずの利益までを対象とするため比較的多額になる。

ふつう受注側は、その仕事で生じる利益をあてにしている。利益が入らなければ倒産してしまう可能性もあるだろう。そういう相手と長い付き合いがあり、業界の常識にも通じているとしたら、発注側はそうした事情を予見することができたと考えられる。もし訴訟に発展すれば、多くの場合は、特別損害が認められるだろう。

だが、これからのビジネスマンは、法的問題だけではなく経営上のリスクにも敏感であるべきだ。つまり契約違反を招くことで、あなたの会社やあなた自身の信用が失墜する恐れがある。例えば、急な発注取り消しという事実が公になれば、「下請けいじめをする会社だ!」とマスコミはじめ世論から指弾を受けることになる(公正取引委員会も黙っていないだろう)。経営という視点からみれば、こちらのほうがより大きなリスクとなるのではないだろうか。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=面澤淳市)