伝わらなくては表現ではない

高度な技を要求される舞台練習は、いくら身体能力のある人たちが集まっているとはいえ、想像を絶する。

「分からないことは何度でも聞きます。明確なビジョンがないと伝わらないし、振付が曖昧なときは『ここの振付の意味は? 何でこうしなきゃいけないの?』と、徹底的に演出家とコミュニケーションをとります。

時には自分のこだわりすら疑ってみます。演出家のリクエストを全て納得した上で、今度はそれを自分のチームで磨いていかなくてはなりません。観客に伝わらなくては、表現ではありませんから」

伝わらなくては表現ではない、というのは強い言葉だ。シルク・ドゥ・ソレイユというエンターテインメントの神髄がそこにあるのかもしれない。

「例えば、特に絵画に興味はないのだけど、ふらっと入った美術展で、1枚の絵に惹かれてその前から動けなくなってしまうことってあるじゃないですか。それが『伝わる』ということだと思います。僕らは伝わるように、伝えなくてはならないんです」

今回の『トーテム』が伝えるテーマは、「人類の進化」。しかし、宮さんたちの演技の芯にあるものは「変わらないもの」だ。

「人は変わっていきます。でも、その中で常に同じクオリティのものを見せる、変わらないものを見せるというのが、シルク・ドゥ・ソレイユの醍醐味だと思います」普遍的な驚きと感動。観衆の中でエネルギーを炸裂させていく宮さんのパフォーマンスは、今日もその変わらないものを伝え続けている。

特技は意外にも洋服作り。常にデザイン帳を持ち歩きアイデアを描き留めていく。旅のトランクの4分の1がミシンで占められていたことも!「古着を組み合わせてたり、創作って楽しいです」
宮 海彦(みや・うみひこ)
シルク・ドゥ・ソレイユ アーティスト。大学卒業後、2004年に青年海外協力隊員としてパナマに赴任。2009年にシルク・ドゥ・ソレイユに入団。『トーテム』ツアーショーは2010年4月から始まるが、その8カ月前から『トーテム』のクリエイションに携わり、(オープニング演目の)「カラペース」のキャプテン兼コーチを務める。トーテムのロゴマークの“T”マークは宮海彦さん。
森 綾(もり・あや)
大阪府大阪市生まれ。スポーツニッポン新聞大阪本社の新聞記者を経てFM802開局時の編成・広報・宣伝のプロデュースを手がける。92年に上京して独立、女性誌を中心にルポ、エッセイ、コラムなどを多数連載。俳優、タレント、作家、アスリート、経営者など様々な分野で活躍する著名人、のべ2000人以上のインタビュー経験をもつ。著書には女性の生き方に関するものが多い。近著は『一流の女(ひと)が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など。http://moriaya.jimdo.com/

ヒダキトモコ
写真家、日本舞台写真家協会会員。幼少期を米国ボストンで過ごす。会社員を経て写真家に転身。現在各種雑誌で表紙・グラビアを撮影中。各種舞台・音楽祭のオフィシャルカメラマン、CD/DVDジャケット写真、アーティスト写真等を担当。また企業広告、ビジネスパーソンの撮影も多数。好きなたべものはお寿司。http://hidaki.weebly.com/

撮影=ヒダキトモコ