法律や政治を扱う「社会派」の講談師
「この仕事を始めた頃は、自分の話がおもしろければ聞いてくださるお客さんが増えていく、と生意気にも思っていました。それは、なかなか難しいことなのですね。今は、同じ高校や大学を卒業した人たちが、お客さんとして足を運んでくださります。本当にありがたく思っています」
講談(講釈)師の田辺凌鶴(たなべ・りょうかく)さん(47)が話す。本名は、喜多村充伸(きたむら・みつのぶ)。中央大学法学部出身ということもあり、法律や政治などの出来事を扱った講談が多い。話題作には、裁判員制度を扱った「死刑と裁判員制度」や、ホームレスの実話をもとにつくった「お掃除ホームレス」などがある。いわゆる「ロス疑惑」で知られる、三浦和義氏(故人)を扱ったものもある。
「物事の本質をきちんと見据え、それをオブラートに包んだ話にしたいのです。お客さんがほろりとしたり、しんみりとするものをつくりたいと思っています。心の琴線にふれるものを考えていきたいですね」
1997年から、講談師・田辺一鶴主催の講談教室に通い始めた。2000年、32歳のとき、入門した。06年に、15年間勤務した大学職員を辞めて、本格的に講談師の道に進む。
収入は一時期、大学職員の頃の10分の1になりながらも、社会派の作品などを次々とつくり続けた。「遺品整理屋の見た孤独死」「戦災孤児収容施設 府中東光寮」「小野田寛郎」など、タイトルを聞いただけでイメージが湧くものが並ぶ。
07年からは、新橋レッドペッパーにて「田辺凌鶴の講談を聴く会」を開催している。この場で、毎月1本のペースで新作講談を披露する。2012年、真打に昇進した。
都立立川高校を卒業後、1年間の浪人生活を送る。浪人時代は、予備校のトフルゼミナールに通学した。当時、上智大やICUなど、英語の試験が難しい大学に多数の合格者を出していた予備校だ。凌鶴さんも、英語が好きだった。
87年、中央大学法学部(政治学科)に進んだ。母親の母校でもあった。司法試験などを始めとした法律系の試験では、高い実績を誇る。それでも、入学当初は、中央大学の附属高校出身の学生の学力に驚くことがあったという。
「例えば、1年の頃、英文を読解する講義で、『LOVE』を『ロべ』と読み上げている人がいました。大学あるいは付属校のあり方にも、問題があるのでしょうか。一般入試で入った学生の中にも、しだいに勉強をしなくなる人を見かけました。司法試験を突破するために猛烈に勉強をする学生もいますが、勉強をしなくなる人はわくわくするような、魅力的な講義に出合えなかったのかもしれませんね」