「笑い」は相手との距離を縮める最も有効な手段のひとつ。ユーモアの極意を探ってみよう。
笑いのあとに心に残るフレーズを
悩める社員には、自分のつらかった経験を語って聞かすという上田氏。以前、こんな励ましをしたことがある。
「俺も悩んで円形脱毛症になった。だけどな、このままハゲてしまうかと思ったら、その後、毛が生えてきた。あのときの喜びったら言葉にできんよ! あの若草が芽吹くような感動。君、まだ円形じゃないんだろ? これから素晴らしい体験ができるぞ!」
上田氏の話におかしさを添えるのは、“若草”のようなたとえのフレーズだ。たとえば「相手が興味のある話をしないとダメ。人の水田にジャガイモを植えるんじゃなくて、いい苗を持っていくこと」「求めてるのは歯ごたえのある商品。アワビとはいわないまでも、せめてナマコ。クラゲみたいでは困ります」などなど。
「上手なたとえの多いほうが話は面白くなりますね。ただし、たとえは相手の知っている分野、好きな土俵に上がらないといけません。以前、社員に『これから勝っていくんだ!』ということが言いたくて、東京五輪で神永昭夫を破ったヘーシンクの話にたとえたんですよ。快心のできだったなと満足していたら、秘書に『誰もわからなかったようなので、試合内容を説明するメールを送信しておきます』と言われて……いやあ、大失敗でした!」
たとえに使うようなレトリックを普段から集めているのかといえば、「いい話やフレーズは心のどこかに残っていて、しかるべきときにポンと出てくる」ので、特別にメモしたりはしない。参考になるのは、マネジメントの本よりもむしろ小説だという。
「藤沢周平さんや浅田次郎さんの人情もの。登場人物にいいセリフを言わせてるんですよ。追い込まれた人間の機微、難局を打開できずに死んでしまった悔しさ。セリフを自分なりの言葉に置き換えて使ってます。偉人の格言もいいんですが、あまりにも論理的にスキのない言葉や話を聞かされると『言っていることは正しくても、それができないから困ってるんだよ!』と思うもの。中身そのものが笑える本も、単におかしいだけで終わってしまうので、参考にしにくいかな」
人を笑わすことに話の目的があるのではない、土台に共感できる部分があるから「面白い」と心に残るのだ。上田氏のスピーチも冗談をあれこれ入れて、「面白そうだな」と聞き手の興味を引くのは導入部まで。途中からは「今の時代はいろいろ大変。難しいよね」など同調できるくだりを入れ、最後は「みんな頑張っていこう!」と鼓舞してシメるのが定番だという。ユーモアはそれ自体が目的ではなく、伝えたいことを聞き手の心に響かせる道具なのである。
1946年、秋田県出身。山形大学文理学部卒業後、伊藤忠商事入社。2002年ファミリーマート社長に就任。13年より現職。