「できるだけのことはした」と思いたい

ただ女性の立場に立つと、「妊娠しなくても、将来、あの時にできることはしたと思いたい」という願いもあるだろう。

独身者の未授精卵子の凍結を行ってきた東京都渋谷区・はらメディカルクリニックの臨床心理士・菅谷典恵さんによると、卵子を凍結しておく人はたいてい「あとで後悔したくないから」と言うそうだ。

このクリニックでは、社会的凍結の卵子は一向に使われる様子がなく、単なる問題の先送りではという疑問を感じるようになり院長が新規受け付けを中止した。しかし菅谷さんは、カウンセラーという立場からは「女性は妊娠できるかどうかだけを考えているわけではない」という。「理想的なパートナーが現れなくて妊娠できない状況をどう受け止めるか。多くの人は自分なりに折り合いをつけていきますが、そうはしたくない方もいるのです」

凍結を希望してきた女性の中には、新しいテクノロジーに関心があると言った女性や「親を安心させたい」と考えた人もいたそうだ。「事前に医学的な限界を説明したうえで決めてもらっている。そのうえでやりたいと決めた人には、凍結は何らかの意味があったのでしょう」と菅谷さんは言う。

いつまでも、子どもを諦められない

その一方で、未授精卵子凍結には心理的リスクもあるように思う。菅谷さんは、凍結をした女性は卵子を大切に思い「お母さんのような気持ち」を持つこともあるという。もし卵子が愛着の対象になるとしたら、卵子を破棄するとき、それが喪失体験になってしまわないか。

若い卵子があることで、いつまでも妊娠にこだわってしまうかもしれない。未産の女性は40代になると自然に子どもが気になる状態から少しずつ卒業し、人生の次の段階に踏み出すことが多い。それまで働いてきた人なら、40代は仕事の総まとめにとりかかる重要な時期だったと気づくかもしれない。

ところが、過去の卵子が存在していることは、その人が年齢相応の「現在」を生きる妨げになる可能性もある。

もちろん、決めるのはその人自身。ただ、新しい技術を使うにはある程度の覚悟も必要だろう。

河合 蘭(かわい・らん)
出産、不妊治療、新生児医療の現場を取材してきた出産専門のジャーナリスト。自身は2児を20代出産したのち末子を37歳で高齢出産。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加看護大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師。著書に『卵子老化の真実』(文春新書)、『安全なお産、安心なお産-「つながり」で築く、壊れない医療』、『助産師と産む-病院でも、助産院でも、自宅でも』 (共に岩波書店)、『未妊-「産む」と決められない』(NHK出版生活人新書)など。 http://www.kawairan.com