「早く帰ってずるい」「頻繁に休んでずるい」という“子持ち様批判”はなぜ加熱するのか。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「現在の子育て世帯はたった18%と少数派だ。子どもを育てたことのない大人が激増していることは子持ち様批判を加熱させる一つの要因となっている」という――。
ストレスのたまったビジネスウーマン
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増加する子持ち様への批判

近年、「子持ち様」に対する批判がSNSで散見されるようになってきました。「子持ち様」とは、子どもを持つことを理由にマナー違反があったり、周囲との軋轢を生みだしてしまう親のことを指すネットスラングです。昨年、子どもの発熱で休んだ母親の仕事を負担することになった同僚の投稿がきっかけで、Xのトレンドにもなりました。「子持ち様が頻繁に休んでずるい」というのです。

増加する「子持ち様」批判について、どのように考えていけばいいのでしょうか。「子持ち様批判」については、詳細な統計もなく、その実態は詳細にわかっていない点も多いのですが、今回は3つの視点から「子持ち様」批判について考えていき、その背景にある社会変化について考えてみたいと思います。

「薄々思っていたこと」が共有・拡散されるようになった

「子持ち様批判」に関して、社会の変化を関連付けると、次の3つの変化が原因となり、顕在化した問題だと考えられます。

まず1つ目は、SNSの発達です。これまで子持ちの親に対する批判を持つ人々はいたでしょうが、その意見は各個人のものであり、多くの人で共有されるものではありませんでした。しかし、SNSの発達によってそれらの意見が共有され、社会にインパクトを持つまでに強化されたと考えられます。テクノロジーの変化によって、みんなが薄々思っていたことが簡単に共有・拡散されるよう社会が変化したわけです。

子どもを育てた経験のない大人が増えている

2つ目の変化は、子どものいる世帯の減少です。日本では、長きにわたる婚姻数と出生数の低下によって、子どものいる世帯数が減少しています。2022年の厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、18歳未満の未婚の子どもがいる子育て世帯の割合が初めて20%を下回り、18.3%となりました。また、18歳未満の未婚の子どもがいる子育て世帯は、991万7000世帯で、初めて1000万を割り込んでいます。

これらの数字は、「子育て世帯が今では少数派」になりつつあることと、「子どもを育てた経験のない大人」が増えたことを意味します。

子どもを育てることは多くの苦労を伴いますが、社会の中で少なくない人がその苦労を経験しなくなっており、寛容になれなくなった可能性があるのではないでしょうか。数の上で子育て世帯と非子育て世帯の差が深まっており、子育ての苦労を「お互い様」と割り切れなくなってきていると考えられます。

これまでの日本は皆婚社会であり、多くの人が何らかの形で子育てに携わってきました。実際に50歳時点で1度も結婚したことがない未婚者の割合を見ると、1970年から1990年までは男女ともに6%未満でした。しかし、1990年代以降に徐々に未婚者の割合は増加し、2020年には男性で28.3%、女性で17.8%にまで至っています。

このように日本では、子育て経験をしない人が増えるといった社会変化を経験しており、これが「子持ち様批判」の背景にあると考えられます。

赤ちゃんを抱っこするお母さんとお父さん
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企業内で未婚者に負担が偏る仕組みになっている

3つ目の変化は、子育て負担の外部化・社会化の影響です。これまで日本社会では、子育ては家庭で行うものであり、この結果として女性は出産後に専業主婦になっていました。しかし、社会環境の変化に伴い、出産後も女性が就業するようになると、これまで家庭で抱えてきた子育て負担を別なところで対応する必要が出てきました。

その1つが保育園や学童であり、子どもの祖父・祖母の支援です。企業の中では女性の子育て負担をさまざまな方法で対処すると考えられますが、どうしても安定的に労働時間が確保できる子どものいない働き手(未婚者等)に負担が偏ることが予想されます。企業が代替要員を確保できればいいのですが、それができるのは一部の体力のある企業のみでしょう。おそらく、多くの企業は既存の人員で何とか対処している状況にあり、負担が増加した社員に対しても何らかのリターンが用意されている環境ではないと予想されます。これでは不満が溜まる一方であり、「子持ち様批判」へとつながってしまうわけです。

政府の子育て支援策が分断を加速する

政府の異次元の少子化対策も「子持ち様批判」の原因になっている可能性があります。

異次元の少子化対策では児童手当の拡充を含め、子育て世帯への支援を強化する予定です。ただし、この財源は、公的医療保険を通じた支援金制度を用いて、子どもの有無に関わらず幅広い世帯から徴収することになっています。このため、非子育て世帯からすれば、金銭的負担が増えるだけと感じてしまい、不満がたまってもおかしくないでしょう。これがさらに「子持ち様批判」を加速させる恐れがあります。

以上の内容をまとめると、増加する非子育て世帯が子育て負担の外部化によって影響を受けた際、SNS等でその意見を共有しやすくなったことが「子持ち様批判」につながったと推測されます。

このように「子持ち様批判」は、社会の構造変化によってもたらされた新たな課題だといえるでしょう。

そして、未婚率の上昇が予想されている現在、「子持ち様批判」は今後も存続、もしくは拡大する恐れがあります。また、そのような傾向は子育て世帯を委縮させる可能性もあり、注意が必要です。

木製のテーブルの上に置かれた紙
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「自分の選択しなかった人生」への理解を深められるか

現在の「子持ち様批判」の背景には、社会環境の変化によって「子どもを持つ人々」と「子どもを持たない人々」の経験や価値観が共有されづらい点が影響していると考えられます。「子どもを持つ人々」には、子どもを持たなかった場合の人生の経験や価値観、そして「子どもを持たない人々」には、子どもを持った場合の人生の経験や価値観が相互理解されづらい環境にあるわけです。

昭和から平成初期にかけては、皆婚社会であったため、子育てを経験する人も多く、相互理解が得られやすかったと考えられますが、今の日本社会では難しくなってきています。この課題に対処するためには、相互理解を深める機会の拡大が必要です。例えば、高校・大学等でのキャリア教育の中で、子どもの有無によって取り巻く環境の違いを理解できるよう取り組みを進めていくことが考えられます。さまざまな方法を用いて、「自分の選択しなかった人生」への理解を深めることが解決策のカギとなるでしょう。

職場での業務負担の偏りを金銭で解決

さらに、さまざまな支援制度の普及・導入も求められるでしょう。

例えば、「子持ち様批判」として、子どもの発熱時に子どものいない労働者に業務が偏るといった場合があります。このような負担を引き受けた労働者にはそれに応じた手当が望ましいのですが、これまでは各企業にその対応が任されていました。

しかし、今年の1月から始まった「育休中等業務代替支援コース」という国の制度では、育児休業を取得した労働者や育児のための短時間勤務制度を利用した労働者が行っていた業務について、周囲の労働者に手当等を支払った上で代わりをお願いした場合、助成金を支給するという制度が始まりました。この制度では、育児休業取得者の業務の代替のために、新規採用を行った場合でも助成金の対象となります。

現在、この制度は中小企業のみを対象としており、範囲は限られていますが、子育てによる業務負担の偏りを金銭的に補償しやすくなったと言えます。このような制度の周知・利用も「子持ち様批判」を減らしていく効果を持つでしょう。