入社当時は優秀だったのに、2、3年後にはパッとしない「指示待ち社員」に……。産業医の井上智介さんは「こうした若手は、まじめだが失敗経験が少なく、失敗することを恐れるタイプが多い。そこにさらに、“優秀な”上司がついてしまうと、意図せず“指示待ち社員”を育ててしまう傾向がある」という――。
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「優秀な新人」が「パッとしない若手」に

新卒で入社したばかりのときは優秀で、上司からも目を掛けられ、同期の中でも期待されていたのに、どうも成長がみられない。

たとえば新しいプロジェクトが始まっても、自発的に情報を集めるわけでもなく、自分から動こうとしない。上司から言われたことはちゃんとこなすけれど、それ以上のことをやろうとせず、やる気も意欲もみられない。それで上司が、「大丈夫だろうか? メンタル不調ではないだろうか?」と心配し、僕のところに相談に来るというケースが多々あります。

しかし、よくよく話を聞いてみると、若手本人は特にメンタルヘルスの不調というわけではなく、現状の自分に危機感を持っているわけでもありません。「いい上司に恵まれました」と満足しています。

こうして、当初は優秀だった新人が、2、3年経つと、主体性に欠け、何だか物足りない、パッとしない若手になってしまい、上司が頭を抱えることがあります。

「失敗したくない」「傷つきたくない」若手たち

指示したことはこなすけれど、上司に言われる前に自分で考えて行動を起こしたり、新しいことにチャレンジしたりはしない……。こうした若手には「失敗したくない」「傷つきたくない」という気持ちが根強いという傾向があります。誰でも多かれ少なかれ、「失敗したくない」という気持ちはあるものですが、こうした人たちにはそれが特に強いのです。

こうした傾向を持つ人は、まじめな人が多く、親や先生から言われた通りに進路などを決めてきています。学校の勉強や試験などは、「正解」が存在することが多いので、正解を求め、決められたことをまじめにこなして優秀な成績を収めてきているでしょう。親や先生の指示に従っていれば、叱られることもありませんし、むしろ「言うことを聞くいい子」と評価されます。周りの大人は、失敗しそうなことを避けた安全な道を示してくれるので、失敗の経験も少なく、素直に指示に従うことが成功体験になって積み重なっているのです。

その背景には、やはり少子化があるでしょう。SNSなどの情報伝達手段が広がり、成功のモデルケースが可視化しやすくなりました。一方で、将来に不安を抱える人も増え、周りの大人は、できるだけ「安全そうな道」を子どもに示して導こうとすることが多いように感じます。

ところが、社会に出て仕事をし始めると、新人の頃は、上司の指示通りにやっていれば評価されますが、だんだんそれだけでは足りなくなり、評価されなくなってきます。特に今のビジネスの世界では、自走できる人、新しいことにチャレンジできる人が求められていますから、入社2、3年にもなってくると、単に指示通りに仕事ができるというだけでは、「物足りない」「パッとしない」「“指示待ち社員”では困る」と言われるようになってくるわけです。

「優秀な新人」に「優秀な上司」がつくと危ない

優秀だった新人が、「ぱっとしない若手」になってしまう原因の一つに、“優秀な”上司の存在があります。実は「優秀な上司」と「優秀な新人」という組み合わせは、非常に危険な面があるのです。

ここで言う“優秀な”上司とは、現場で成果をあげてきた上司のことを指します。こうした上司は、必ずしも育成に長けているとは限りません。現場で成果を出すやり方を知っているので、つい、そのやり方をそのまま若手に伝授しようとしてしまう。特に最近は、自分も現場で成果を出しながら、同時にマネジメントを行うことも求められるプレイングマネジャーが増えているので、その傾向が強くなっているように感じます。

現場で優秀な上司は、「正解の道筋」を知っているので、すぐに答えを言ってしまうのです。つまり、「いい指示」を出しすぎていて、新人に考える余地を与えないのです。

新人の方は、上司の指示通りにやれば合格点がとれてしまうので、「自分で考える」という力が全く育ちません。でも入社2、3年になって、自分でやり方を考えることが求められるようになったときにも、それができないままなので、ずるずると評価が下がってしまいます。

上司の側は、いくら正解を知っていても、それをそのまま伝えないよう我慢する力が必要です。「その通りにやれば成果が出てしまう」という、具体的で丁寧な「うますぎる指示」を出さず、本人に考えさせるような育成をすることが求められます。

「指示したことはやるけれど、能動的に動こうという意欲を見せない。メンタル不調だろうか」と上司が心配するような“指示待ちの若手”は、実は上司自身がそうなるように育ててしまっていることがあるのです。

「指示待ち社員」を生まないためのポイント

若手を「指示待ち社員」にしないためには、大きく2つのことを意識するとよいでしょう。

①「失敗しても大丈夫」と思える雰囲気を作る

失敗経験が少ない人は、ちょっとしたミスでも「周りから責められるのではないか」と恐れたり、「ほかの人に迷惑をかけているのでは」と罪悪感を持ったりします。ですから、普段から「失敗しても大丈夫なんだ」と思える雰囲気を作る必要があります。

男性と女性の手で覆われたハート
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本人に対して、失敗したとしても「今回はうまくいかなかったけれど、○○や○○はすごくよかった」「挑戦できたことがすばらしい」とフォローし、評価することは大切ですし、ほかの人の失敗に対しても、同様にフォローしたり評価したりするようにします。そうすることで、「ほかの人も失敗することがあるんだ」「失敗しても大丈夫なんだ」と思えるようになってきます。

上司の声掛けや行動も大切です。「失敗しても、ちゃんとフォローするよ」「何かあっても、ちゃんと私が責任を取るから思い切ってやってみて」など、若手が安心して挑戦できる声掛けと行動を心掛けてください。

②「指示」ではなく「質問」をする

初めから「正解」の道筋を示すような、具体的でわかりやすすぎる指示ばかりをしてしまうと、若手は最初からそうした指示を期待するようになり、自分で考えなくなってしまいます。では、どのように指示をすればいいのでしょうか。

入社したばかりで、会社のことや業務のことがわかっていない新人に対しては、具体的でわかりやすい指示をして、仕事に慣れてもらうことが必要でしょう。しかし慣れてきたら徐々に、質問を増やしていくようにします。

たとえば、指示を出した後に「この仕事は何のためにすると思う?」「この作業が終わったら、次に何をすればいい?」「そのためには、どんな準備が必要?」といったものです。

そしてさらに、作業の指示はやめて、質問を投げかけるだけにしていきます。最終的には「指示」を出すのではなく、「質問」することで本人が自分のやるべきことを見つけられるようにしていくのです。

具体的な事例でご説明しましょう。

入社したばかりの新人社員への「作業の指示」

上司「最近、○○町の取引先から、『商品の到着が遅延することが多くて困る』というクレームが増えている。配送業者AとBが怪しいから、□□営業所の△△さんにメールして、直近3カ月の配送記録を取り寄せて。エクセルでこんな感じの表にまとめてくれる? それをもとに、配送業者ごとに、こういうグラフを作って、木曜日までに私に送ってください」

ここまで丁寧な指示だと、具体的でわかりやすいですし、すぐに作業に取り掛かれます。しかし、こうした伝え方が続くと、若手は考える習慣がつきません。

考える社員を育てる質問の投げかけ

上司「最近、○○町の取引先から、『商品の到着が遅延することが多くて困る』というクレームが増えている。原因は何だろう? どうやったらわかると思う?」
若手「指定している配送ルートが良くないのかもしれません」
上司「ほかに可能性はないかな?」
若手「配送業者のせいかもしれません」
上司「配送ルートのせいか、配送業者のせいか、どうやったらわかるだろう?」
若手「配送ルートのせいなら、配送業者に関係なく遅延しているでしょうし、配送業者のせいなら、特定の配送業者のときに遅延が発生していると思います。○○町を担当する□□営業所に問い合わせて、配送記録を分析してみればわかるのではないでしょうか。早速□□営業所に配送記録を問い合わせてみます」

最終的に若手が行う作業は、まったく同じかもしれません。しかし、最初の例だと、上司に言われた通りのことをやるだけですが、2番目の「質問の投げかけ」だと、若手は自分で考えた結果、自分がやるべき行動にたどり着いています。

このように、上司が若手自身に考えることを促す「質問」を重ねると、若手は自分で仮説をたてて「何をすればいいか」を考えるようになるはずです。

若手が挑戦できる社風や環境づくりを

「上司に言われたことしかしない」という社員も、もともとは優秀な新人だったはずです。誰もが、能動的に動くことができる優秀な社員にも、ぱっとしない“指示待ち”社員にもなる可能性があるのです。

これはもちろん、上司の育て方や本人の性格でも左右されますが、会社の環境や社風も影響するように思います。

加点方式で評価する会社では、本人の積極的な姿勢がプラスに働きますが、減点方式の会社だと、失敗するたびに減点されていくので、新しいことに取り組むことに恐怖心が生まれやすくなります。

人手不足はどんどん深刻化していますし、新しいことを試していかないと生き残れない時代です。社員のモチベーションを下げてしまう減点方式ではなく、新しい挑戦を促す加点方式に変えていかないと、優秀な人材を確保し、育てていくことは難しくなるのではないでしょうか。